第2/3話 僕たちの瞑想と母の世界

ここは老婆の家らしい。


…なぜか、懐かしさを感じる。

一度来たことがあるような気がする。


ツリーハウスは、一本の木に複数の部屋がくっつけられた構造をしていた。

階段は木を中心にらせん状で、地上まで続いている。


地上に降りると、同じような木が、家が、たくさんあった。


視線の先には広場があり、子供たちがはしゃいでいた


「あの子たちの教師になってくれないかい?」


老婆が後ろから声をかけてきた。


「え、いや、僕に子供の相手は…。」


正直、子供は苦手だった。

僕が関わっていい相手ではない。


「遠慮してしまう気持ちもわかる。あくまで一つの選択肢だと思っていてくれて構わない。」


「その、世界を救うってどういう事なんですか。」


「そうじゃったな。お主にはさっきの三つを学んでもらいたい。そのすべてをクリアしたなら、この世界は救われるじゃろう。実はな、この世界に住む土人がほとんど、消えてしまったのじゃ。リュウダイがバランスを崩しているおかげでじゃな。」


「バランス…。」


父が僕たちの世界で、土人を生み出したのは、最近の事だった。


「この世の資源には限りがあるという事じゃ、彼はそれを独占した。そのおかげで我々の暮らしが困難になった。すべて達成した後、お主に具体的なことをお願いさせてもらうじゃろう。それまでは、しっかりと修行を頼むよ。」


そう言って老婆は、僕を町に案内してくれた。


僕たちは鍛冶屋についた。


中に入ると、かんっかんっと軽快な音が鳴り響いていた。


音のもとには、かまどの前で鉄を打つ男がいた。褐色の肌で、腕が太い。上裸だった。


「精が出るの。」


大男は返事をしなかった。


「ミナト、ここもお主の選択肢の一つじゃ。」


「わかりました。」


僕は内心、たぶん選ばないだろうと思っていた。

なんというか、苦手だった。


鍛冶屋を出て、広場を歩いた。そして今度は鞘を作る小屋に案内された。

入ると、美しい女性が、鞘に、装飾を施していた。


「こんにちは。」


「あら、こんにちは。」


二十代後半に見えた、大人っぽい。


「あなたがミナト君ね…。」

彼女はこちらを見る。


「はい。」


「よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


僕は頭を下げた。


小屋を出ると、老婆は僕に話しかけてきた。


「どうじゃった?」


「装飾は…なんというか、楽しそうでした。」


事実、僕は細かい作業の方が向いている気がした。


老婆はほほ笑んでいた。


「そうか…。アキも一番最初に興味を思ったのは鞘づくりじゃった。」


アキ…母の事だ。


「アキは呑み込みが早くてな。すぐに習得し、次々いろんなことを覚えていったわい。物語の継承や、刀づくり、土人や仮面づくり…。」


僕は聞きたい。


母の過去。


僕は一度も聞いたことがなかった。


「母は、どういう子供だったんですか?」


「うむ、好奇心旺盛な子でな、それが少し危険だったりもしたんじゃが、やさしく、たくましい子じゃった。とにかくいろんなことを覚えていったものじゃよ。今のお主と同じくらいの年まではわしたちの世界で暮らしておった。しかし、どうやら飽きてしまったようでな、この世界での暮らしに。そんな時、リュウダイとあった。」


「父と…。」


「リュウダイは自らの世界とこの世界とのチャンネルをつないだのじゃ。方法はわからないが、おそらくあっちの世界での禁呪じゃろう。そしてアキとであった。よりによって、あの子に。アキは少し特殊でな。わが一族で、人一倍魔法の力が強かった。強力に扱えた。それに目を付けたリュウダイが、何かを偽って、あの子を引き寄せていったのじゃ。」


「何かを偽って…とは?」


「詳しくはわからないが…。彼女の好奇心を再び火につけたのか…、何か同情を誘ったのか…。しかし彼女は正気じゃった。魔法にかけられているようでもなかった。恋ということもあり得る。好奇心旺盛な彼女なら、異世界に惹かれるのもわかるが、今となってはもうわからない。」


老婆は語った。微笑みながら。


何が母を、惹きつけたのだろうか。父はどうやって、母を惹きつけたのだろうか。

恋。

そういえば父は祖父に復讐したと聞いた。

復讐。

そこで僕は、物語の事を思い出した。


僕が読んでいた物語。男女の復讐劇。

父と母はその内容に当てはまっていた。


男は父に復讐し、女は支える。それは世界の平和のため。

しかし彼女は幸せだったのだろうか。物語を読んでも、どっちとも取れる内容だった。


「あの、もしかしたら」


僕はポケットから本を取り出し、老婆に渡した。


「この本には、男の人と女の人の復讐劇が書かれていて…母に、似ている気がします。」


「………あの子は伝承も勉強していた…。あとで読ませてもらうよ。」


老婆は本を裾にしまった。

「さぁ次の場所へ行こうかね」


僕たちはそのあと、仮面づくりの工房、土人づくりの職場などを回った。


どれも、僕は就くことが可能だという。


ここでは、人を殺す以外にも、できることがある。


「祖しいてここが最後の場所じゃ。」


そう言って着いたのは、森の中の小屋だった。


ドアは横にスライドさせて、開けるものだった。

中に入ると、外見からは想像できない作りになっていた。


別世界だった。


小屋の中に泉があった。大きな木があった。


「個々の空間は魔法で作ってある。」


老婆はそう説明した。


泉の中央に木がある。その下には芝が生えていて、一つの島のように見える。

「ここでお主に、毎日、瞑想をしてもらう。」


瞑想。


「その、瞑想ってどうやるんですか?」


「ただ観察するのじゃ、今の自分を。あるがままを、ありのままに。」


「ただ観察する・・・。」


ピンとこなかった。


「例えば、お主が本を読んでいたとするな。そのとき、自分を言葉にするのじゃ。

今自分は本を読んでいるなぁ、今自分は本を読んでいるなぁ、今自分は本を読んでいるなぁ。

今自分は本を読んでいると考えていたなぁ、今自分は本を読んでいると考えていたなぁ。

座っているなぁ、座っているなぁ、座っているなぁ

今自分は姿勢について注意を向けていたなぁ、今自分は姿勢について注意を向けていたなぁ、今自分は姿勢について注意を向けていたなぁ。

というように。」


「それは…難しそうですね」


「そうじゃ、難しい。じゃから最初は呼吸にひたすら意識を向け続けるところからやる。呼吸を観察し続け、注意がそれたことを認識したら、また呼吸に戻す。これを毎日二十分だけ、やってもらう。最初はこの部屋に入って座るだけでもいい。大事なのは習慣にすることじゃ。最初は驚くほど小さくていい。一呼吸でもいい。」


「わかりました。やってみます。しかし、それにはどんな効果があるのですか?」


父との関係に答えを出すことが目的なのはわかるが、どうしてそれが効果的なのだろう。


「瞑想には多くの効果があるのじゃが、今一番必要なのは、今この瞬間に集中できるようになることじゃ。そうすると、今自分がどういう状態なのか、気づく事が出来る。そして、悩みに対する対策をうつ事ができるようになるのじゃ。」


老婆は続けた。


「まずは

一つ、不幸を認める事

二つ、不幸の原因を認める事

三つ、不幸の対策があることを認める事

四つ、不幸の対策をするために、習慣を変えることを受け入れる事

これらを少しずつクリアしていくことで、私たちは成長できる。まずはそのはじめの一歩が、自分の状態に気づくことなんじゃ。」


「成長するために、自分に気づく。」


「そうじゃ。これから三か月間、緩やかに励むとよい。」


「三か月間?それは…」


「大丈夫じゃ、こちらの時間軸とあちらの世界の時間軸はくるっておる、大体はこちらの方が早い。遅かったり、繰り返したりするがな。そこは安心していい。わしの得意分野じゃ。」


僕は信じることにした。そうするしかなかった。




瞑想風に言うのであれば、僕は今信じようとしているなぁ。だ。





三か月まであと91日


僕は街へ出た。この町は地上に店や生産場所がある。そして木の上、というより、木に家を生やしている。そこが居住スペースだった。


街を歩いていると、道を歩いている杏を見つけた。


彼女も僕に気が付いたようだった。

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