仮面と刀の暗殺者

雨野 じゃく

1/7章 始まり

第1/5話 僕たちの始まりの暗殺

〈始まり〉


開いた扉の前で、僕は立ち止まっていた。ここを越えてはならない。


踏み出すことは可能だけど、僕にはできない。前に進んではいけない。


壁はなく、足はあるけれど、僕には進めない。もし進めると知っていても、その方がいいとわかっていても、僕には難しかった。僕はこの先へ進んではいけない。


しかし僕は今から、この城のどこかにいる、父のもとへ行かなければならない。

だけど、何分間か、何回も立ち止まっている。


僕は目の前の暗闇を見つめていた。すると、後ろから足音が聞こえきた。僕は反射的に、音を立てずに、扉を閉めてベッドの中へと引き返す。


…これは凜の足音か。…しかしいつもよりテンポが遅い。この前の話の続きだろうか。


僕は支度をしているフリをするため、ベッドを出た。

準備はすでに済ませていたので、持ち物を戻していかなければならなかった。

僕は仮面を壁にひっかけ、本を机に置く。

そして椅子にもたれた。


その一瞬のあと、足音がドアの手前で止まり、コンコンッと二回、ノックされた。


「坊ちゃま、呼びに参りました。」


彼女はいつもの声でそう言った。


「どうぞ」


僕もいつものように答えた。


凜が失礼しますと一言おき、ドアが開けられる。僕はドアの方を振り向いた。


入ってきたのはメイドの服を着た美しい少女と、僕と同じコートを着た人型の土だった。


目の前に現れたメイドは、涼しげな顔立ちをしていて、やや小柄だが、頼もしい雰囲気をしていた。彼女と出会ってから数年間、僕は助けてもらっている。


凜は土人を待機させ、僕の右側に移動した。


「坊ちゃま、お誕生日おめでとうございます。BOSSの準備が整いましたので、この土人がお連れします。」


彼女はお辞儀をしながらそう言った。

彼女の動きに見惚れつつも、僕は体を緊張させていた。


「ありがとう。すぐに準備ができるよ。」


僕は凜に頭を下げながら立ち上がり、準備をするために仮面をとり、そして本を


「坊ちゃま」


きた。僕は彼女を横目で見る。


「この前の任務の後、体の具合はいかかですか?」


凜はその涼しげな顔立ちで、僕に暖かい笑みを向けていた。しかし彼女の声は、喉に詰まったように聞こえる。


「いや、大丈夫だよ。」


僕も微笑み返す。


視線を彼女から正面に戻すと土人が目の前に立っていた。


彼は、ホホエミの仮面をつけられている。

土人は土でできた操り人形だ。人型に土を整え、魔法で命を吹き込み、仮面を与えて完成する。父によって彼らは作られている。


「坊ちゃま、私は味方です。あなたにどんなことがあっても、私はあなたに尽くします。」


「ありがとう。」


僕は顔を見られないよう、下を向いた。照れてしまったが、凜の目的が僕を説得することだと思うと、身を潜めてしまう。


「その、坊ちゃま。この前は申し訳ありませんでした。でも、どうか、もういちど話を聞いていただけませんでしょうか?」


この角度では見えないが、凜はほほえみを続けたまま、僕にそう言っているのだろう。


この前、彼女から持ち掛けられた相談。


「ごめん、僕にはできない。」

組織のBOSSである父を暗殺するという事。


「一緒に逃げることもでしょうか?」

それがだめなら、二人で組織を抜け出すという事。


「僕のことを心配してくれているのかもしれないけど、大丈夫なんだ。ありがとう。」


「でもこの前の任務のとき、苦しまれていました。暗殺をするたび、仮面の抑圧も効かなくなってきています。何より、その本が…」


「この本は関係ない。」


僕は威圧的な声を出してしまった。

正直、僕はこの本の物語に、好意のようなものを寄せていた。


この物語は僕のことが書かれているようだった、いや僕とは異なったことが描かれているがゆえに、心地良かった。しかしその事実は、僕の認めたくないことでもあった。

最近、凜にこの本を読まれてしまった。この本には父親に復讐する主人公と、それを支える女性が描かれている。


僕がこの本に集中していたことは、彼女には前から知られていたし、面白いとも答えていた。

しかし、凜に僕の心の中を知ったような口で言われるのも嫌だったし、案外はずれていないことが不快だった。


僕にはできないのに。


僕の動揺は明らかで、彼女の真実が事実へと深まっただろう。


「失礼しました…。」


凜は頬と声を震わせ、うつむいてしまった。


彼女にそんな態度をとらせてしまったことに、臆病な僕は、苦しくなった。


「いや…ごめん…。でもほら…現状に不満がないわけではないよ。でもだからと言って、父から…逃げ切れるわけなんかないじゃないか…。君も知ってるだろう…?」


僕の過去を知っている凜は、うつむいたままだった。



沈黙。



ジリリッ

沈黙を破るように、ベルが鳴った。


時間が来た。父のもとへ行かなくてはならない。


「ありがとう、本当に大丈夫だから、気にしないで」


僕は凜の方を振りむき、口角をあげてみせる。


僕は本をコートにしまい、土人に近寄った。


目の前の人形は体温を感じさせず、置物が動いているだけのようだった。


土人は利用されるために作られ、父から与えられた使命を行い、繰り返していく。時には作り替えられたり、新しい役割を任されたりする。しかし使い物にならないと判断されたら、捨てられる。


しかし彼らは動かなきゃいけない。


それは、生きているといえるのだろうか。動いていれば、命なのだろうか…。

いや………この先は考えられない。疲れた気がする。行かなきゃ。


「じゃあ、また」


僕は土人に、暗闇の中へ連れられていく。

土人はホホエミの仮面をつけられている。

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