パンピーボーイ・ラック

@2151008

プロローグ

 現状に不満はない、だが満足もしていない。そんな不感症な生き方をしてきて十数年。いじめられようが何されようが変わらなかった。

 そんな俺が空想の世界に引き込まれて戻って来れなくなっても別におかしくない。

 初めは「怪傑ゾ○リ」次に「○談レストラン」、そして「僕らの」シリーズへ、だんだん年齢が上がってくるごとに変な物足りなさが風船の様に膨れ上がってきた。

 そしてそれを数で誤魔化すためラノベなんかに手を出してしまったのがいけなかった。

 数は質へ、質はそのうち偏った方へ、そんな偏ったものを十冊、二十冊と読み進めていくと人はどうなるのだろうか?

 

 俺の場合はこうだ。

 

「あー異世界転生したいなぁ」

「?……何か言った?上妻クン」

「いや、なんでもないです。えぇっとー」   

一二三ひふみ 先生だよ。みんなからは、ヒフミンって呼ばれてるよ」

 そう呼ばれたそうにアホ毛をぴこぴこさせているのは俺の新しい担任。どう見ても子供だ。

 ここは私立釜ヶ崎高校、親の都合でこの春からこの街に戻ってくる事になった為、街中にしてはなかなか立派な校舎をしたこの学校に転校とゆう形で運良く潜り込む事ができた。結構偏差値も高いらしく、まともに受験なんかして受かるわけもないのにアッサリと来れてしまった辺り、案外チョロいもんだ。


 

「そろそろ着くよ、心の準備はオッケー?」

「オッケーです先生」

「……………」     

「……オッケーですヒフミン先生」

「ヤタッ!」と小さくガッツポーズする先生を追い、目的地へ到着。

          

 ここは「2-B」と札がかけられた教室の前。

 教室に入る前から違和感はあった、それでも気にしない。寧ろウェルカム、どんとこい。 俺は今、かなり上機嫌だ。


「じゃあ先生が入ってきてーって言ってから来てね、行くよー」

 と、悪戯っぽく足をパタパタさせているのは俺の新しい担任の五十嵐一二三いがらし ひふみ先生だ。見た目は若い、いや若すぎる。どう見ても中学校低学年のガキンチョ。

 さっき職員室で紹介されたときは目と常識を疑った。とゆうか、下手したら小学生とも見間違われる幼さ、何か、そうゆう病気なのかもしれないので詳しくは聞かない様にしている。正に見た目は子供、頭脳は大人って所。

 本当はどうやって教員免許を取ったのか質問攻めにしたかったが、そんな暇は無く、外見年齢相応のすばしっこさに翻弄されながらついて行った結果がこれだ。

 先に先生が教室の中に消える。既にチャイムが鳴っていたので廊下には俺以外誰も居ない。


 四月の初め頃とゆうのも相まってか長袖のブレザーでも少しひんやりする。学校特有の無機質な壁に雑多なチラシがセロハンテープでベタベタと貼り付けられており、それを眺めながらぼーっとすること数分後。

 

「ハーイ、実は今日! このクラスに新しい生徒が転入してきまーす‼︎」

 甲高いロリボイスに続きドア越しに伝わって来る興奮具合、「どんなヤツ?女子?」とか「えっイケメン⁉︎マジで」だのいろいろ聞こえて来る。

「それじゃあ上妻(かみずま)クンどーぞー」

 ふっ、いよいよか。あの先生、煽るのも焦らすのも得意ときたもんだ。

 

 しょーがないなー、いっちょ俺の出番か‼︎

 

 とまぁこんな感じで教室に踏み込んだはよかったのだが、なんとゆうか、色々予想通りといった所。

「自己紹介ヨロシクッ」とテンションは高いが視線は俺より低いロリ担任にチョークを手渡され、フルネームを黒板に書き殴る。

 

上妻有正かみずま ありまさ です。今日から宜しくお願いします……!」

 元気にハキハキと、それでいて丁寧な自己紹介。少し言葉が足りない様だけれど、別に突っ込まれる程ではないだろう。

 

 目の前のに比べれば。

 

 この教室は、壇上から見るとかなり華やかだ。目に悪い。

 分かりやすく言えば、このクラスは色々とおかしな点があり過ぎる。ツッコミどころ満載だ。

 

 先ずは色。近年、全国的に校則が緩くなりつつある傾向にあり、俺が以前まで通っていた学校なんかもある程度までは染髪が容認されていた。ある程度、までだ。

 茶髪とか、金髪とか。一般的ではあるが一般受けは良くない。だが常識の範疇ではある。それならまだ理解できる。だけどなんで赤とか青とかが平然と混ざっているのかは理解できない。コイツらはさっきまでパーティーでもやっていたのだろうか? おかしいな、ハロウィンはまだまだ半年以上も先の筈だが。


 髪だけじゃない、目の色もだ。

 例えば目の前にいるこの女子、一見すると黒髪ストレートでマトモそうだが、目が少し青みがかっている。顔が日本人なのに碧眼は違和感が凄い。

 全員がそうではないのだが、ちらほらとそうゆう色素がバグった奴は見受けられる。全体の半数未満といった所か、それでも目立つには目立つ。

 

 いやいや、他人の顔にケチを付けられるほど俺は立派な顔面はしていない。それに比べればこのクラスの顔面偏差値の高さときたら、もう何がなんやら。

 あの一番後ろの窓側の女子なんて、ほら、アイドルかなにかだろうか。その右二つ隣一個前のメガネボーイなんてジャニーズに勧誘されてもおかしくないレべル。「ついこの前スカウトされましたよー」って感じの澄まし顔しやがって。気に食わない。

 ただでさえコンプレックスが酷いのにこんな環境に卒業まで居られるとはなんて幸せなのだろう。(錯乱)

 

 そしてその彼、彼女達の反応はかなりドライだった。

 

 窓の外を眺める者

 机に突っ伏す者

 文庫本をパラパラと捲る者   etc.

 

 いやーここまで来ると一周回ってゾクゾク来るものがあるよ。いったいさっきまでの叫声はなんだったのか?

 

 悪かったな男子供よ、女子じゃ無くて。

 悪かったな女子供よ、イケメンじゃなくて。

 

 挙げ句の果てには俺の平凡な出立を見て欠伸をする者が現れる始末。

 この野郎、「なんか面白いことないかなー」みたいな顔をしやがって、そんなに暇ならトイレにでも行ってこい。きっと鏡に面白いのが写ってるぞこの赤髪パーマめが。

 そんな感じで俺の自己紹介は終わり、廊下側の真ん中とゆう、いまいちパッとしない席に誘導された。欲を言えばさっきのアイドルの隣がよかった。窓側だし、一番後ろだし。

 それからは新学期・新学年とゆうこともあり、クラス全員が一人ずつ自己紹介と一言を言っていくとゆうある意味で恒例の、生徒達がやたら煙たがる行事が開催された……が、俺はこれを聞き流した。

 

 意図してしたわけではない、俺はこの時、かなり興奮していた。クラスメイト一人一人の自己紹介なんていちいち聞いていられるほどの余裕がなかったのである。

 それは新しい学校生活に対する物でもなく、かと言って僕の渾身の自己紹介をスルーされた事によるドM的な快感でもない。

 今この時点で、名探偵コ○ンみたいな先生やマンガのキャラクターみたいな同級生達と当たり前の様に同じ空間にいられている異常な体験と、数日前に遭遇した壮絶で異常な経験を生き延びた自分に対する陶酔だった。

 俺は今、盛大にこの異常な「自分」に酔っていた。

 

 だがそれも長くは続かなかった。

 何故かって? わからない。

 なんでさっきからただの自己紹介で「大蜘蛛」とか「西園寺」だの「四月一日」なんて聞いたこともない様な苗字がポンポンと出て来るのだろう? どうして「一十一」で「にのまえ」って読めるの?

 

 どうしてくれるんだ、人がせっかくいい気分でニヤニヤしてたのに念仏みたいなもん聞かせやがって。

 もういい、ニヤニヤするのは一旦中止にしてちょっとはクラスメイトの自己紹介にも耳を傾けよう。

 お陰さまで次の苗字が気になってしょうがない。「色素がおかし」くて「ロリが教壇」に立っておまけに「イカれた苗字」だなんていよいよマンガみたいじゃないか。

 いや、今更か。 

 

 

 さあさあ、次はなんだ? なんて言うんだよそこの男子よ、お前さんの苗字を言ってご覧なさいな。

 

「菅原 勇吾です。部活は……入っていません。今年も宜しくお願いします。」

 

 聞き覚えのあるフレーズ、名前。

「すがわら ゆうご」と名乗ったその青年は、珍しく普通だった。苗字も容姿も割と探せばどこにでも居そうな奴だ。特別にブサイクと言うわけでもなく、フツーの。

 だが、なんとゆうか普通ではない様な、まるでラノベの主人公の様な、雰囲気を漂わせる奴だった。いや見覚えがある。

 

 まさかとは思っていたが……

 

「そう言えば」とロリが口を挟む、「上妻クンは元々こっちの小学校に通っていたんだって!もしかしたらその頃のお友達にまた会えるかも⁉︎」

 

 若干気持ち悪いぐらい良いタイミングでロリが俺の思ってた事を代弁しやがった。つまりそう言う事だ。

 俺と菅原 勇吾は……ユーゴ君は友達だった。

 そこからはよく聞いていない。いや、話が耳に入ってこなかった。


 

 

 

 

 

 

 長めのホームルームが終わり、皆んな一斉にカバンを持ち廊下へ。今日はどうやら早めに学校が終わるらしい。

 俺はユーゴ君が教室から出て行く寸前のところで呼び止めることに成功した。

「あの……菅原君、だよね」オズオズと俺。

 

「うん?何かな、どうしたの?」

 さてどうしよう、なんて聞くべきか、ここはいっそストレートに聞こうかな?

「ひさしぶり、覚えてるかな?」

 さあどう来る、(ん、もしかして有正君?ひさしぶりだね。何年ぶりだろう) なんて言って来るのだろうか。

 

「………ごめん、人違いじゃないかな?」

 

 え、

 

 

「あぁ、上妻君だっけ?困った事があったらなんでも言ってくれよ。じゃあな」

 

 彼は爽やかに去っていった。俺を忘れて。

 

 人混みに紛れて廊下の奥の方へ、そして見えなくなってしまった。一瞬だけチラッと、見えたがなんか可愛い女の子と談笑しながら歩いていた。彼女持ちらしい。

 呆然としてしまっても仕方がない、流石に、あんなにサラッと忘れられてしまうとはショックだ。結構衝撃的な出会いをした筈なんだけれどな、俺等って。

 

 そんな風に廊下のど真ん中で突っ立ていると、少し遅れて隣の教室の扉が開き、そこから生徒たちが溢れ出てくる。

 

 慌てて避けようとしたが時既に遅し、周りはすぐに人で一杯になってしまった。人間中毒になりそうだ。

 なんとか人混みを掻き分けて自分の教室へ向かおうとするが、ここで誰かにぶつかってしまった。

 そいつは持っていた教科書を落としたらしく、それらが廊下に散らばってしまった。俺はそれを拾い集めて、気が付いた。

 そいつは几帳面な奴らしく教科書にもノートにも名前が書いてあった『加賀 賢治(かがけんじ)』と。

 

 ケンジ君

 

 他のやつを拾い集めたケンジ君は僕の記憶の中のアイツよりは確かに成長していたが、面影は確かにあった。ノッポで、メガネな所もそのままだ。間違いない、こいつはあのケンジ君だ。だが……

 

「久しぶりケンジ君覚えて「拾ってくれてありがとうそれじゃ」…ないみたいですね」

 

 奴も俺を気にも止めないままに、廊下の向こうへ消えていった。あっさりと。

 

 え、酷くね? 親友じゃなかったの?俺達って、オカルト倶楽部のメンバーじゃなかったの?

 

 こんなのあんまりだ。本当に、どうしてこうなった?

 

 

 現状に不満はない、だが満足もしていない。

訂正、不満が一つできた。足りないのは満足だけだ。

 

 

 

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