かささぎの橋

前河涼介

かささぎの橋

 ある深い森の中に一羽のカササギが暮らしていました。

 カササギはカラスよりも小さく

 スズメよりも大きく

 白と黒の鮮やかな羽根を持った鳥でした。

 

 けれどその美しい姿とは裏腹に

 カササギは他の動物たちから泥棒と呼ばれていました。

 

 リスは言いました。

「あいつはぼくがコケの間に隠した木の実をほじくり出して食べちゃうんだ」


 キツネは言いました。

「やつめはわたしのしっぽの毛を抜いて持っていってしまうのですよ」


 動物たちが問い詰めるとカササギは答えました。

「そうだよ。それはぼくがやったんだよ。でも木の実はお腹を満たすために必要だったし、しっぽの毛は巣を温かくするために必要だったんだ」


「それなら自分で木の実を探せばいいじゃないか」

「それなら抜けた毛を拾って使えばいいではないですか」

 リスとキツネは言いました。

 他の動物たちも口々に責めました。


(そんなこと言われたって、ぼくのくちばしでは木の実の固い殻は割れないし、細い毛は風で散ってしまってベッドが作れるほどは集められないんだ)

 カササギはそう思いました。

 でも動物たちはとても怒っていてとても言い返せませんでした。


 カササギはとうとう森を追い出されてしまいました。

 だんだん飛び疲れて枝にとまりたい気分になりました。

 けれど低く下りていくと小鳥たちが鋭く鳴いてカササギを寄せつけないのでした。


 カササギはへとへとになりながら森の端を飛び越えて草原にたどり着きました。

 どうやら草原には誰もいません。

 一本の木もありませんでした。

 カササギはすーっと降りて草の上に倒れ込みました。

 喉が渇いて今にも死んでしまいそうな気分でした。


「カササギさん、さあ、お水ですよ」

 カササギが目を開けると目の前に一羽のワシがいました。

 ワシは草の葉で編んだ器に水を汲んでいました。

 カササギは口を開けて器から流れ落ちる水滴を受け止めました。

 生き返ったような気分でした。


 カササギはワシの翼に飛ぶための羽根がないことに気づきました。

「ワシさん、その羽根はどうしたの?」

「ずっと昔に抜けてしまって、それから全然はえてこないのです。ですからわたしは飛べません。そうだ、そこで飛べるあなたにお願いがあります。もし願いを聞いてくれるなら水と食べ物はわたしが用意してあげましょう」

「お願い?」

「川の向こうにたくさんの枝が積んであるのが見えるでしょう。それを組み上げて川に橋をかけてほしいのです」

「僕は器用だから、おやすいご用だよ」

 カササギは張り切りました。

 優しくしてもらえたことが嬉しかったのです。

 川はとても大きく、草原と森の間に大蛇のように横たわっていましたが、カササギには自信がありました。

「カササギさん、でもあの枝を勝手に使ってはいけませんよ。あの枝は目の見えないワシが森で一生懸命集めたものなのです」

 

 カササギは元気よく飛び立ちました。

 川を飛び越えて枝を集めた山の近くに目の見えないワシを探しました。

 そして森の近くによたよたと歩く1羽のワシを見つけました。

「ワシさん、ぼくはカササギです。あの枝をぼくにくれませんか?」

「あれはだめだ。橋を作るために使うんだ」

「ぼくは飛べないワシさんから橋を作るように頼まれて来たんです」

「そうか、彼女か。それならわたしからもきみに頼もう。あの枝はどうぞ使ってくれ」

 目の見えないワシは頭を下げました。


 カササギは気づきました。

 飛べないワシも目の見えないワシも自力で川を飛び越えることができず、

 飛べないワシの側には橋の材料がなく、目の見えないワシは枝があっても橋を組むことができないのでした。

 2羽の間には橋を組んでくれる誰かが必要でした。


 カササギは太い枝を選んで地面に突き刺し、さっそく橋づくりを始めました。

 目の見えないワシは近くで耳を澄ましてカササギの仕事を観察していました。

 人のものを使っているのに怒られない。

 カササギにはそれが新鮮でした。


 カササギは川の反対側からも同じように橋を伸ばそうと考えました。

「向こうへ飛んでいくなら飛べないワシに伝えてくれ。きみをつかわしてくれてありがとう、と」

 目の見えないワシが言いました。

「ぼくが橋を作ることになったのは、死にかけのぼくを彼女が助けてくれたからなんだ」

 カササギは説明しました。

「それならきみも彼女にお礼を言いなさい」


 カササギはまた元気よく向こう岸へ渡りました。

 それから飛べないワシに助けてもらったお礼を言いました。

 ワシは喜んで水と食べ物を用意してくれました。

 でもカササギにはまだ疑問がありました。

「どうして目の見えないワシはぼくに大切な枝をくれたのかな?」

「それはあなたがきちんと頼んだからですよ。自分の望む方法で使ってもらえるとわかれば、泥棒しなくたって誰しもそれを譲ってくれるものですよ」

 飛べないワシは答えました。

「誰しも譲ってくれるなんて、信じられないよ」

「それはきっと彼らがあなたとは別の方法でそれを使いたかったからでしょう。そういうときは仕方がないから別のものを探すしかありませんよ。だってそれはもともとあなたのものではないのですから」


 カササギは橋づくりを進めました。

 そのうち目の見えないワシが集めた枝だけでは材料が足りないことに気づきました。

 そこでカササギは森へ入って枝を探すようになりました。

 枝が見つからないときは誰かに声をかけて枝をもらうようにしました。

 みんな最初は困った顔をしましたが、2羽のワシのために橋を作っていることを伝えると自分では使わない枝を選んで譲ってくれました。

 譲れる枝がないときでも、

「ごめん、今はちょうどいい枝がないんだ」

 そう言って申し訳なさそうにしてくれるのでした。


 カササギはなぜ自分が嫌われていたのかわかりました。

 尋ねたりお願いしたりせずに他人のものを勝手に使ったのがいけなかったのです。

 だから泥棒と呼ばれていたのです。

 それがわかったとき、カササギは深く反省しました。

 そしてその過ちを教えてくれた2羽のワシに深く感謝しました。


 カササギはワシたちのために川の両岸をせっせと渡り、伝言や贈り物の橋渡しをしました。

 カササギはもう誰からも恨まれることはなく、寂しくもありませんでした。

 時間はかかりましたが橋は完成しました。

 カササギは目の見えないワシを案内して橋の真ん中で飛べないワシと引き合わせました。

 2羽のワシは喜んで涙しながら抱き合いました。


 月日が流れ、やがて雨季が来るとカササギの橋は濁流に押し流されてなくなってしまいました。

 けれど天の神はカササギの努力を褒めたたえ、その命を夜空に昇らせました。

 カササギは2羽のワシを夜空に誘いました。

 星々の世界では2羽とも見たいものを見ることができ、行きたい場所へどこへでも飛んでいくことができました。

 けれど2羽は天の川という大きな川の両岸に居場所を定め、長い間見つめ合いながら、直接会うのは年に一度と決めていました。

 それはカササギへの感謝を忘れないためでした。

 カササギは普段は他の動物たちの間を飛び回り、その日になると地上にいるときより何倍も大きくなった翼を広げて、2羽のワシが背中の上に乗るのを楽しみにしているのです。


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