第79話 尾行の先

 スキーネとルッカは当惑していた。


 現在尾行している劇団付属の医者、ホーパーが街はずれの丘の上へと迷いのない足取りで進んでいくからだ。人気ひとけは全くなく、林を切り開いて作られた丘の上へと続いている一本坂をホーパーは進んでいるため、もし途中で振り返れたらこちらの姿が丸見えになってしまう。スキーネたち二人はホーパーの後ろ五十メートルぐらいの離れた距離で、木陰に隠れて様子をうかがっていた。


「どうするルッカ? どんどん離されていくわよ」


「さすがにこの状況では距離を取らざるを得ません。見渡しが良すぎます」


「あの医者、もしかしてあの建物へ向かう気かしら?」


 スキーネが丘の上に見えている大きな建物を指差した。半月に照らされ、林の中で悠然とそびえ立っているその様は大きな屋敷のようだ。明かりが灯っていないので無人なのだろう。坂の先はゆるやかにカーブしている為、どこまで続いているのかここからでは見えない。


「わかりません。途中で林の中へ入るかもしれませんし」


「あ、見失っちゃう」


 ホーパーの身体がカーブの先へと消えた。


「行きましょう、ルッカ」


「いえ、もう少し待つべきです。曲がり角の先で待機されている可能性もあります」


 スキーネが地団駄を踏んだ。


 街の中での尾行は概ねうまくいったといえる。


 新劇場を去ったホーパーがすぐさま街の中で貸し馬に入って馬に跨って出てきたときが一番焦ったものの、なんとかスキーネとルッカも同じ貸し馬屋で一頭の馬を借りることができ、二人で乗馬して見失うことなくホーパーの後をつけることができた。


 ここ、シウスブルのような大きな街では、街の反対から反対まで徒歩で移動するのは難儀するために、貸し馬屋という小屋で馬を貸し出している。街の東西南北それぞれに四か所構えられ、賃金さえ払えばどこの貸し屋から乗ってもいいし、どこの貸し屋で馬を降りていい。金銭面に余裕ある市民や観光客などが多く利用している足だ。


 スキーネとルッカは、ホーパーが馬を降りた貸し屋で同じく降りた。そこからホーパーはこの丘のふもとまで歩き、今こうして坂を上っている。


「馬を降りたのもおかしな話よね。もしあの建物が目的地ならそのまま乗って行けばよかったのに」


「目立つ行動は控えたかったのかもしれません。そろそろ行きましょうか」


 スキーネたちは足音を立てないよう静かに移動を開始した。前方に注意を払いながらカーブを曲がっていく。途中で坂はやはり丘の上の建物まで続いていることがわかったが、曲がった先にホーパーの姿は見当たらなかった。


「距離を空けすぎたみたいですね」


「もう! だから言ったのに!」


「お静かに。あの建物の前まで行きましょう」


 二人は注意深く進みながらやがて建物の入口へとやって来た。かなり年季の入った建物だ。どことなく、スキーネたちが警護を務めていた劇場と似た雰囲気がある。


「もう使われていないみたいだけど、ここも劇場みたいな造りね。そういえばバエント氏が新劇場とよく口にしていたから、ここはもしかして古い方の劇場なんじゃないかしら」


「その可能性は高いですね。あのお医者様は中に入ったのでしょうか?」


 試しにスキーネが進み出て入口正面の扉の取っ手を掴み、押してみる。


「駄目。鍵がかかってる」


「中に何が待ち構えているかわかりません。無理に押し入るのはやめてひとまず建物を一周してみましょう」


 スキーネとルッカは旧劇の周りを西の方向から歩き始めた。

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