第39話 巨大樹

 ナナト、ヴァネッサ、キャシーのチームはそれぞれ別方向から木登りを開始した。方角でいえばスキーネたちは南東、ヴァネッサは北西、キャシーは南側だ。幹の周囲が非常に大きい樹なので、すぐに三チームは相手のチームの姿を見失ってしまう。


 枝を掴み、ツルをつたい、登り始めて十メートルもしないうちに、キュイッという鳴き声と共にラシンカは姿を現した。灰色の羽に包まれ、頭部にオレンジ色の模様が入っていて、ニワトリのような地面を蹴る足が見て取れる。お世辞にもきれいな鳥とは言えない外見だ。


 最初に目に入ったラシンカは、ニワトリより少し大きいぐらいの大きさで、三羽が二本の枝にまたがって下からやってきた侵入者にけたたましい鳴き声を発した。鳥の声など理解できなくてもわかる“こっちに来るな”の威嚇だ。


 ダン! ダン! 


 近場の木の枝の上で体勢を整えたルッカが、トンファー型ライフルで二発発射する。目的に命中し、二羽のラシンカが電撃弾により痺れて動けなくなり、バランスを崩して枝から落ちてきた。それを真下に構えていたナナトが、麻袋の口を開けてキャッチする。ルッカはもう一発撃ったものの、幹に当たって外れ、ラシンカは羽ばたきと蹴りを駆使しながらもう一つ上の枝に登り、羽をこれでもかと大きく広げてルッカたちを見下ろした。


 ラシンカの翼が、風を送るようにルッカたちへ一度羽ばたく。

 

 何かキラキラ光るものが落ちてきたかと思うと、ポピルの足元の枝に手の平サイズの羽が突き刺さった。誰もが目にしたことはある鳥の羽だが、ラシンカのそれは毛がとても薄く、先端の羽軸は象牙のように白く鋭い輝きを放っている。


「うお、危ねえ。近くで見ると羽軸は“針”だな」


 ポピルが感想を漏らすと、ラシンカはもう一度攻撃するべく羽を大きく広げる。すかさず電撃弾が放たれて命中し、残りの一羽も落下してナナトに回収された。撃ったのはスキーネだ。ナナトが枝の上で麻袋に獲物を詰めていると、スキーネの声で「Cカップ♡ Cカップ♡」という台詞が聞こえてきた。ルッカとスキーネが先導して、樹の上を登っていく。


 狩りは、順調に進んだ。


 巨大樹の幹は枝とツルが非常に多く、また足が引っ掛けやすい取っ掛かりもあるため、場所によっては両手を使わずとも登れるところがある。討伐対象となっているラシンカも真上にさえ陣取られなければ羽の脅威はなく、五人は誰一人怪我を負うこともなく、一時間と経たないうちに五十メートルの地点を迎えた。


「ここが地上から五十メートルか」


 ツアムが樹の幹に括りつけられた目印の赤い紐を手に取った。そこへ下からナナトが上がってくる。

 ツアムたちの他にも、樹の反対側でひっきりなしに銃声が鳴り響いていた。しかし音を聞く限り、どうやらツアムたちよりも下の位置で狩りを行っているようだ。


「僕たちが一番上にいるみたいだね」


 ナナトが満足気に言うと、ツアムは見上げなら返答した。


「ルッカがとばしているからな」


 獣化じゅうかしていないにもかかわらず、ルッカは長い黒髪と蝶結びのリボンを軽やかになびかせながら上へ上へと進んでいく。ルッカの通った後には、ラシンカの針よりも撃った弾丸の薬莢やっきょうの方が多く落ちているぐらいだ。


「ちょっとルッカ! 少しは加減しなさいよ!」


 完全に討伐数で後塵こうじんはいしているスキーネは堪らずに叫んだ。


「あなたの胸は小山ぐらいあるでしょう! 私なんて丘よ、丘!」


 スキーネよりも十メートルほど上にいるルッカは苦しそうにと言い返す。


「スキーネ様はまだ十五歳。体は発育途上で、これから大きくなることが十分予想されます」


「あなた私と一歳しか違わないじゃないっ!」


 大声でやり取りする二人を下から見ていたツアムは、呆れたように呟いた。


「あいつら。ナナトとポピルが近くいることをすっかり忘れてるな」


「ツアムさん、一度獲物を下ろしてきていい?」


 見ると、回収役にまわっていたナナトとポピルの麻袋はすでにパンパンに膨れ上がっていた。


「そうだな。悪いが下のおりまで持っていってくれるか?」


「うん」


 ナナトは嫌な顔一つせず、ツルをつたって、ポピルと共に樹を下りていった。

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