第18話 坑道の中へ

 太陽は徐々に高度を下げつつ西へと傾く。もう二時間もすればやがてだいだいに衣装換えするだろう。

 ナナトたちとポピルは坑道の入り口の前に立ち、それぞれ銃と持ち物を確認していた。村人が輪になって四人と一匹を見守る中、ツアムはナナトたちを見回す。


「みんな、地図とランプ、それにロープは持ったな? 確認するぞ。あたしたちは石鼠いしねずみを排除しながらまず最下層にある地底湖へ向かう。順調に行けば三十分で到達できる距離らしい。もし、坑道の中ではぐれてしまった場合は、入り口へと戻ってくること。地底湖に誰もいなかった場合も、今日のところはやはり村に戻ることにする。いいな?」


「わかったわ」


 スキーネが十メートル分の長さをしたロープの束を体へ斜め掛けし、ナナトとルッカも頷いて、ポピルが穴のすぐ前にジャンプして立つ。


「よし、いこう! みんな付いて来てくれ!」


 言うが早いが、ポピルは木でできた足場を跳びながら身軽に穴の中へ下りていった。ツアムはネルジーからランプを受け取る。


「男たちをお願いします」


「ああ」


 ツアムが先に下り、次いでルッカ、スキーネ、そしてナナトが坑道へと下りていく。

 十メートルほど下りて平らな地面に足を着けたナナトは、目の前の広い空間にまず驚いた。縦三メートル、幅が五メートルはある大きな楕円形の空間だ。その奥に、四つの道が掘られている。


「こっちだ! まず俺がウサギになってしまったところまで案内する!」

 ウサギ・ポピルが明かりも持たずに左から二番目の道を進んでいった。


「…あの度胸は一体どこから来るんだろうな」


 つい一時間ほど前に石鼠と乱戦して傷を負ったというのにポピルは臆するところが微塵もない。しかしツアムが足を出さないうちに悲鳴を上げながらウサギが戻ってきた。


「いしねずみだああああ!」


 ウサギは瞬く間に四人を追い抜かして後尾にいたナナトの脚の裏へと回り込む。


「やってくれ!」


 ツアムはランプを片手に今しがたウサギが飛び出してきた道を覗き込む。そしてこちらへ向かってくる十匹以上の鼠を確認すると、自動拳銃を構えた。


 ダン! ダン! ダン!


 正確無比な弾が石鼠の頭部を直撃し、石鼠がもんどりうってひっくり返る。直進してきたネズミたちはあえなくツアムたちの発射する弾の餌食となった。


「ふぅ…。よし、片付いたな。じゃ付いてきてくれ」


 ポピルは再び案内役を買って先頭に立つ。

 奥に進むにつれて少しずつ道は細くなり、蒸し暑さが増していった。四人は前進するごとに三メートルほどの間隔で取り付けられている壁際のランプに蝋を差し、火を灯していく。

 たびたび前方や横道から石鼠が襲来してくるものの、ウサギ・ポピルが事前に知らせてくれる。というよりポピルが待つことを知らず四人を差し置いて前進しては石鼠を引き連れて戻ってくるので、単に鼠を引き寄せているだけともいえた。


「ねえツアねえ…あの人、もう少し自重してもらったほうがよくない?」


 スキーネが額の汗を拭いながらツアムに提案した。戦闘は圧倒的に優位なのだが、なにせ石鼠の数が多いので銃に弾を込める作業だけでも一苦労なのだ。それを知ってか知らずかウサギ・ポピルは休む間もなく石鼠を連れてくる。


「いや。鼠の全体数が把握できないうちは一匹でも多く早めに排除しておきたい。坑道の奥へ下りきってしまってから大群に囲まれるとさすがに厄介だからな。それよりも休憩したいのならいい方法がある」


 ツアムはスキーネを招きよせるとなにやら耳打ちする。スキーネは聞き終えてからしかめ面を作った。


「ええ? 本当に?」


「試してみるといい」


 やがて喚きながらウサギが戻ってきた。


「来たぞー! 今度は今までより固体が大きい! 壁にも這ってきてるから気をつけてくれ!」


 その一団を、スキーネとルッカが全滅させる。


「二人とも素晴らしい! 俺の戦う勇姿を見せられないのが残念でならないな! 呪いさえ解ければ必ずや俺の腕前も披露しよう!」


「あら? すでにあなたの勇敢さなら存分に拝見しているわよ?」


 銃に弾を込めながらスキーネがウサギを見つめた。


「その手では銃の引き金を引くことはおろか、爪を立てて引っかくことさえ難しいでしょうに、あなたは勇敢にも率先して敵陣へと飛び込んでいく。私はヴァンドリア出身だけどあなたほど有用な斥候せっこうの話は聞いたことがないわ」


 褒めちぎられ、ウサギ・ポピルは満面の笑みを浮かべた。


「そ、それは本当に?」


「もちろんよ。ただあなたさえよければ、もっと深いところまで入り込んで石鼠を引き連れて戻ってくるまでに十分な時間を稼いで欲しいわ。もしそれができ…」


「心得た!」


 心得たの「た」を言い切る前にポピルは坑道の奥へすっ飛んでいった。残された四人は唖然とした表情で消えていった坑道の暗闇を見つめる。


「単純の極みだな」

 とはツアムの感想。


「でもこれで、多少は休めますかね」

 そう言ってルッカは腰に下げた水筒を取って水を口に含んだ。


 壁のランプに火を灯して暗闇を追いやっているナナトにスキーネが近づくと、呆れた調子で囁いた。


「ナナトはああなっちゃ駄目よ」

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