第10話 焚き火の前で

 四人は山道をひたすら歩き続けた。

 雨が降ってきたは午後三時を回ったときだ。濡れながら雨宿りできる場所を探すなかでちょうどいい岩場を見つけたのでそこで雨をしのいでいるうち、日が暮れてしまった。夜に入ってすぐに雨は止んだものの、結局四人は今晩野宿を選ぶ。


 ファヌーが引くほろ馬車からハンモックを取り出して近くの木にぶら下げ、さらにその上に屋根代わりとなる大きなタープを張る。四人のハンモックの中央となる場所に焚き火を起こせばキャンプの完成だ。夕食は村の宿屋の女主人が作ってくれたシチューが残っていたので焚き火で温め直して皆で分けて食べた。ハンモックに座って、焚き火を前にして食べる食事は格別に美味しい。

 食後はナナトが自分からすすんで鍋洗いをやり、その間、ツアムはなにやら繕い物をし始め、ルッカもその作業を横で見ながらツアムから手縫いを教わった。


「そうそう、ひと目戻ってから布の裏地に針を通して、等間隔を空けて表地に針先を出すんだ」


「んー…ツアム様みたいに綺麗にできません」


「返し縫は反復で覚えるしかないさ。最初の頃と比べればちゃんと上達しているよ」


 ツアムが自分でやってみせながら丁寧に説明し、ルッカも根気よく手元に集中する。スキーネは荷馬車から紙と鉛筆、そして下敷きように板を取り出すと、パチパチと心地いい爆ぜ音がする焚き火の前でなにやら書き込んでいた。


「スキーネ、何書いているの?」


 後片付けを終えたナナトがハンモックからぶらぶらと足を投げ出しながら尋ねる。スキーネの表情はどこか嬉しそうだった。


「お父様に出す手紙よ。次の村に着いたら早文はやぶみで届けてもらうの。私が息災そくさいという知らせと、ヴァンドリアに帰ったらナナトを招待するって前もって伝えておかなきゃ」


 途端にナナトの顔が曇り、言いにくそうに口を開く。


「スキーネ…気持ちはありがたいんだけどごめん。やっぱり僕、ヴァンドリアでスキーネと別れたらすぐにサナバリーへ向かうよ」


「なによ水くさいわね。遠慮せず泊まっていきなさい。部屋ならたくさん余ってるんだから」


「ううん、遠慮とかじゃなくて。僕、一日でも早くサナバリーへ行きたいんだ」


「ご執心しゅうしんね。一体サナバリーに何があるというの?」


「………」


「もう! 肝心なところを話してくれないんだから!」


 二人のやり取りを聞いて、繕い物をしていたツアムが中断し顔を上げた。


「スキーネ。無理強いはよくない。人には事情や都合があるんだ」


 そして対面上のハンモックのにいるナナトを見据える。


「ナナト、こうしよう。ヴァンドリアでスキーネを送り届けたらあたしと一緒にサナバリーへ行くんだ。どうせサナバリーへ行くのに頼る伝手つてはないんだろう? あたしは一度行ったことがあるから道案内するよ」


「いいの? ツアムさん?」


「ああ。この仕事を終えれば当面用事はないからな」


「ありがとう! すごく助かるよ!」


 喜色満面となったナナトを見て、スキーネが機嫌の悪い声を上げる。


「あら。私の招待は断ったくせにツアねえの誘いにはすぐに乗るのね」


「い、いやそんなつもりじゃ…」


「結構よ。二人でどこにでも行けばいいわ」


 そういうと、スキーネは途中まで書いていた手紙を丸めて焚き火の中に放り込んでしまった。

 夜が深まり、闇の色が次第に濃くなる。炭化した残り火が月明かりと同じ程度の明るさとなった中、ツアムは黙々と縫い物を進めていた。横にいたルッカも寝支度をはじめる。すでにナナトとスキーネはハンモックに揺られながら夢の中だ。


「ツアム様。まだおやすみにならないのですか?」


「ん。もう少し。キリのいいところまで」


 ルッカはナナトが寝ているのを確認してからそっと言った。


「随分とあの子が気に入ったようですね」


「ん?」


「ツアム様が自分から旅へ誘うなんて…お珍しい」


「べつにあたしは一匹狼主義を掲げているわけじゃないぞ。腕が立ち信頼できる人なら喜んで一緒に旅するさ。その見極めが厳しいことは自覚してるがな」


「ツアム様があの子を認めた理由を聞いてもいいですか?」


 ツアムとルッカの視線が交錯する。ツアムは軽くため息をついた。


「ルッカに聞く。このままあの子一人を行かせて無事サナバリーへ辿り着けると思う?」


「…無理でしょうね」


 ルッカの目は寝ているナナトへ向けられた。寝息一つ立てずスヤスヤと眠っているその下で、リボルバーライフルが無造作に地面の上で投げ出されている。ご丁寧に有り金の入った財布もライフルのすぐ横だ。


「私たちだから良かったものの、これがもしタチの悪いチームだったら眠っている隙に縛り上げて銃と身ぐるみを剥いで放置していきますよ。一度共同クエストをこなしたからって油断しすぎです」


「同感だ。認めたというよりあの子に情がわいたのさ。無防備すぎて放っておけないんだ。今更送り届ける相手が一人増えたってなんともない」


 翡翠ひすいの色をしたツアムの瞳が月光を反射して瞬いた。この暗闇の中でもはっきりとわかる凜とした光だ。その目をしばらく見つめてからルッカが言った。


「風が冷えます。お早くおやすみください」


「ああ。ありがとう。ルッカもおやすみ」

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