第6話 共同クエスト
親の怒りを露知らず、家出した当人はというと。
「音に聞こえたヤスピアの
と嬉しそうに語るのである。ツアムとはそこで合流し、今はヴァンドリアに向けてゆっくりと帰国の途についているのだという。
「ヤスピアにそんな場所があることも知らなかったよ。僕は村からほとんど出たことないから」
ナナトは正直に打ち明ける。ほとんどの料理を食べつくし、ぶどう果汁を飲み干したツアムがデザートのさくらんぼを手に取りながら聞いてきた。
「さて、今度はナナトの番。トルカから出てどこへ行くんだ?」
「…北の国ウスターノの町、サナバリーへ」
「サナバリー? あの
スキーネの確認にナナトはコップを持ちながらコクリと頷く。興味津々で話を聞いていた態度から打って代わり、あまり触れて欲しくない話題のようだ。
「あなたみたいな子供が何しに行くのよ?」
「ちょっと…ね」
「大事な人が奴隷にでも取られたのか?」
「…………」
ツアムから訊かれナナトはさらに俯く。スキーネは面白半分に「答えなさいよ、ほらほら」と言ってナナトの柔らかいほっぺたをぷにぷにと突いた。
「まあいいさ。言いたくないのなら無理には聞かない」
ツアムがそう言うと、助かったとばかりにナナトが顔を上げた。
「それよりも仕事の話をしよう」
「仕事?」
「ああ。この村の近辺にはまだ二匹の
「組むって…皆と一緒に角熊を退治するってこと?」
ツアムが頷いた。
「そうだ。報酬金は半分をナナトが取っていい。一頭倒したのは間違いないし、クエストを先に引き受けたのもナナトだからな」
「そうよ! その話を聞くの忘れてたわ」
スキーネが立ち上がらんばかりの勢いでナナトを見据えた。
「あなた、クエスト契約書にサインせず狩りに出かけちゃったんでしょう? 危ないわよそんなこと。もし倒した後で契約のことを知らぬ存ぜぬ
「え? でも退治したらくれるって約束したし…。村中が熊に困っているって聞いたから早いとこ倒しに行こうと思ったんだ。それに僕、契約書の書き方ってよく知らなくて」
スキーネとルッカが顔を見合わせる。田舎者かお人好しのどちらかとは予想していたが、正解はその両方だったのだ。
「これは良く知る人間が教える必要あるわね。ナナト、あなた明日の朝、私達と一緒に斡旋所へ行くわよ。共同クエストのついでであたしが申請書の書き方を教えてあげる」
「でも僕…」
「わかった?」
「はい」
♢♢♢
谷間の朝は冷え込みが厳しい。厚手の革ズボンを履いているというのに底冷えが止まらず、四人は身を固めながら村の斡旋所へと歩いていた。すでに夜が明け、空は青みがかっているが、東にそびえる標高の高い山が邪魔をして太陽はまだ顔を出さない。
「いい? ちゃんとギルド契約書の書き方とチェックするポイントを教えるから覚えるのよ」
「う、うん」
寒そうに腕を組むスキーネの後ろをナナトがトコトコと付いていく。
四人はギルドの斡旋所の前へとやってきた。
「ほら、そこにギルドのマークが見えるでしょう? あれがギルド公認である証よ」
建物の前の看板には、ワシとライオンを司る紋章が描かれてあった。
「地域によってはギルド以外にもクエストを回す業者もあるんだけど、信頼性や斡旋所の数から大多数の猟師はギルドを選ぶのよ」
スキーネの説明を素直に頷くナナトを見て、ツアムが思わず頬を緩めた。
「手取り足取り、だな。なにもギルドマークから教える必要はないんじゃないか」
「ええ。まるで弟を連れて歩く姉です」
和やかな光景にルッカも微笑んだ。二人の言葉にスキーネがやれやれといった顔を向ける。
「当然でしょ。ナナトはクエストを一度も請け負ったことがないていうんですからね。さ、中へ入るわよ」
その表情から察するに、スキーネ自身、ナナトの世話を焼くことをわりと楽しんでいるようだ。
スキーネの指導はクエスト申請書に続く。
「これが申請書。ちゃんとクエストの内容を確認したうえで書名欄に名前と年齢を書く」
言われるままナナトは書いた。
「ナナト・スフィンドウ。十二歳ね。今度はあたしたち」
ナナトは三人が書き終わるのを傍で立ちながら待っていた。
スキーネ・モナ・レッソ。十五歳。
クオルッカ・シュツツアルネ。十六歳。
ツアム・リンリエリー。十九歳。
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