第3話 ツノグマ

「リボルバー形状のライフル? 聞いたことないなそんな銃」


 ツアムは銀色に輝くその髪を手でき、髪留めの位置を直しながら歩いた。その横顔は美しく、同性であるルッカも思わず見惚れてしまうほどだ。


「先の五国戦争ごこくせんそうのときに作り出された銃かもしれません。このヤスピアという国は、戦前から独創的な銃の開発で名を馳せた職人が多数いましたから」


「それに銃撃ちの名人も多かったらしい。シオデン様が言っていたことを思い出したよ。そこらの猟師でさえヴァンドリア軍の下士官に匹敵する腕前を持っていたとな。たしかスキーネが持っている銃も発祥はこの国じゃなかったか?」


 ツアムは五メートルほど前を先行するスキーネに声をかけた。スキーネは振り返り、後ろ向きに歩きながら自分の銃を見せる。


「そうよ、よくご存知ね。私のライフルはⅡとⅢ型が北の国ウスターノによる改良版で有名になったから、ウスターノ産と誤解している人が結構いるの。でも元はヤスピアの試作一○一型と言われてるわ」


 三人は話しながらそれぞれ森の獣道を登っていく。


 話し合った末、ツアムたちは熊退治に出向いた少年の後を追うことに決めた。たとえその少年が共同クエストの誘いを断って獲物を独り占めすると言っても、宿代一泊が浮くなら損はないと考えたからだ。


 少年が山へ向かったのはツアムたちが村に着いた日の午前中。角熊つのぐまがよく出没するという清流上部の場所を聞き、ツアムたちはそこを目指して進んでいる。


 やがて獣道から開けた場所へ出た。川原だ。急流が岩を作っている。


「ツアねえ! 見て、足跡がある!」


 スキーネが川辺の地面を見て指差した。足跡はスキーネの顔以上の大きさをした獣のものと、その四分の一にも満たない小さな人間のものと二種類ある。ツアムは二種類の足跡をよく観察してから隣にいるルッカに囁いた。


「随分と大きい熊だな。どう思うルッカ?」


「ええ。重さも相当あるでしょう。五百キロはゆうに超えていると思われます」


 スキーネも近場の岩に乗って高い位置から足跡全体を俯瞰ふかんして言った。


「こっちの人間の足跡が、斡旋所のおじいさんが言っていた少年ね?」


「おそらくな」


 三人の視線は、足跡を目線で辿って森へといく。熊の足跡を追いかけるようにして少年も森の中へと入ったらしい。


「どうするツア姐? 私たちも追いかける?」


 スキーネが岩の上からツアムに訊いた。


「いや、ここでその少年を待とう。あと二時間もすれば日が暮れる。猛獣がいる山の中で夜を迎えるのは避けたいからな。今から足跡を辿って山へ入っても日暮れまでに少年を見つけられるとは限らない」


「もしその少年が川辺に寄らずそのまま村へ引き返したら?」


「それならそれで村へ帰ってから宿で交渉すればいいさ」


 三人はその場で待機することにした。


 一時間ほど経つと、日が近づいてきた西の空が徐々に橙を帯びてくる。少しずつ影も長くなり、ツアムが山の稜線と太陽の間を見て引き返す頃合を計っていたとき、森の奥でそれは鳴り響いた。


 ダン!


 ツアムたち三人は音のした森の奥へと目を凝らす。スキーネが声を上げた。


「銃声!」


 ダン! ダン! 


「まただわ」


「一発で仕留められなかったみたいだな。スキーネ、ルッカ。銃を構えるんだ」


 迷いのないツアムの指示にスキーネは肩にかけていたライフルを構え、ルッカも腰に差していた二丁のトンファー型ライフルのうち、一つ取り出して右手に持った。ツアムもまた、防弾ケープの下から鏡のように輝く銀色の大型拳銃を取り出す。


 突如として森の奥からグオオオオという獣の鳴き声が響き、木々から一斉に鳥が飛び立った。熊の声などわからなくても、その響きが怒りに満ちていることはわかる。


「こっちに近づいてくる?」


 銃声と熊のうなり声。そして枝を折り、駆け足で草を掻き分けて進む音が、森の奥から三人のほうへと大きくなってくる。そして。


 茂みの中からナナトが飛び出した。


 手にはライフルを持ち、顔は半分前に、半分後ろを警戒して体勢を低くしながら疾駆する。

 ナナトはライフルの銃口を今しがた飛び出してきた森の奥へと向けると、引き金を引いた。ダンっという重い音ともに発射された銃弾は茂みの中へ消える。と同時に体長三メートルを越す灰色の熊が飛び出し、熊の胸に銃弾が直撃した。

 しかし、熊は小石でも投げ当てられたがごとく意に介さない。跳ぶように四足で一瞬のうちにナナトとの距離をつめてくる。

 その横を、スキーネが岩の上からライフルで電撃弾を放った。弾は熊の脚に命中し、熊は思わぬ攻撃に驚いて動きを止める。


 縦も横も巨大な熊だった、肉厚もぶ厚い。頭には角熊の由来であるクワガタムシのような二本の角が三十センチほど生えており、角の先は磨かれたように鋭利だ。

 ナナトは電撃弾が放たれた元を目で追い、そこで初めて三人の娘たちに気が付いた。スキーネだけでなく、ツアムとルッカも銃口を熊に向けている。


 角熊は二本足でそびえ立つと、四人の獲物に目を向けた。一番近い距離にいるのは十メートル先にいるナナト。川を背にしてこちらの様子を窺っているツアムとルッカとは二十メートルある。そしてそのツアムたちから少し離れ、熊の体よりも一回り大きな岩の上にいるスキーネがいた。


 角熊の判断は早かった。


 低い唸り声を一つ上げると、前足を地面に下ろして突進を開始する。狙いは岩の上にいるスキーネだ。不意打ちの一撃が怒り心頭に発したのか、あるいは岩の上なら逃げ場はないと考えたのか、瞬く間にスキーネとの距離を詰める。


 スキーネ、ルッカ、ツアムはその場から熊に向けて弾を間断なく発砲した。しかし熊は顔に当たりそうな弾に目をつぶるだけで速度を緩めない。


「電撃弾じゃ駄目だよ! 火炎弾で喉元を狙うんだ!」


 ナナトが精一杯の声で叫んだ。それを聞いてすぐに反応したのがツアムで、舌打ちしながら拳銃の弾層だんそうを引き抜き、電撃弾から火炎弾の入った弾層へと入れ替える。


 だが熊の進むスピードのほうが勝り、一足早く角熊はその巨体を岩にぶつけた。一トンはありそうな大きな岩がグラグラと揺れ、上に立っていたスキーネが慌ててバランスを保とうとする。だが運悪く足を滑らして岩の上から熊の横へと滑落してしまった。


「スキーネ様!」


 トンファー型ライフルを構え、体勢を低くして熊の懐に飛び込もうとするルッカ。


 その様子を見たナナトは素早くリボルバーのシリンダー部分を横に外して排莢はいきょうし、腰掛け鞄の中に手を回して火炎弾を取り出して弾倉に入れると、シリンダーをセットし直して銃口を角熊に向けた。


 バン!


 さきほどの電撃弾とは明らかに違う大きな発射音が鳴り響き、角熊の頭部が火に包まれた。角熊はその威力に耐え切れず体ごと吹き飛ばされ、スキーネが落ちた反対側へと倒れこむ。


 角熊はほんのしばらく体を動かそうともがいていたものの、やがて動きを止めて微動だにしなくなった。頭部からは直撃した火炎弾により黒い煙がうっすらと立っている。ルッカはトンファー型ライフルの銃口を角熊に向けたままゆっくりと回り込むように近づき、熊の表情を窺った。やがて気を緩めたように銃口を地面へ向ける。


「絶命してます」


 その言葉を聞いて、他の三人も安堵したように構えを解いた。


「大丈夫か、スキーネ?」


 ツアムが心配して地面に座り込むスキーネの元へとやってきた。スキーネはなにやらう~っと唸っている。


「悔しい! 恥ずかしい! 私としたことが足を滑らせて落っこちるなんて! 不覚だわ!」


 どうやら精神的にプライドが傷つけられたようで、体への怪我はないようだ。駆け寄ってきたルッカにあとを任せると、ツアムはナナトの方へ歩き出した。

 ナナトはライフルの銃口を下に向けたまま、自分が出てきた森の奥をじっと見つめている。


「礼を言う。うちのお姫様を助けてくれてありがとう」


 ナナトは森から目を離すと、ツアムを見上げて言った。


「どういたしまして。でも油断しちゃ駄目だよ。まだ二匹残ってるんだ」


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