銃を使う冒険ファンタジー

@poddo

第1話 冒険の始まり

 秋を含んだ心地よい南風が一面に広がる青々とした草原の頭を撫でていく。大小様々な雲は蒼穹そうきゅうの中をゆっくりと漕ぐように進み、陽光は草の上を飛び回る小さな虫たちの羽を反射で輝かせた。見渡す限りの新緑に囲まれた丘の上には一軒のレンガ造りの家が建っている。家の前にはこれからどこかへ向かうのか旅の荷物を背に載せた若い馬がおり、のんびりと戸口前の草をんでいた。


 レンガ造りの家の中からしゃがれた老人の声がする。


「ナナト! 銃はちゃんと持ったか。ナナト!」


 すると家の中からもう一つ、溌剌はつらつとした返事が響いた。


「もう背中に担いでいるよ、じいちゃん!」


 戸口が開かれてライフルを背負った少年が現れた。湿り気のない爽やか風が少年の輝く茶色の髪を梳いていく。優しげで整った顔立ち。不安の一点もない輝きに満ちた黒い瞳。白い長袖シャツに茶色のベスト、革のズボンとブーツを履き、腰掛け鞄を三つ下げたナナトと呼ばれた少年は若馬に近づくと、手に持っていた食料を荷物に詰め込んだ。


「ちょっと詰め込みすぎたかな。ごめんよ、ペオ。重いかい?」


 若馬の名はペオというらしい。ペオはまるで言葉を理解しているかのように少年を振り返ると〝なんともない〟とでもいうように顔を振るって再び草を食べ始めた。


「万が一に備えて水は大目に持っていきたいんだ。明日中にアモト川は越えるつもりだから、そこまで頼むよ」


 少年はにこやかに笑いながらペオの頭を撫で、あごの下を軽くくすぐる。そこへ先ほど声をかけた老人も家から出てきた。老人は右脚が悪く、びっこを引いている。


「ナナト、ナナト。弾は持ったか? 電撃弾は? 火炎弾は?」


「うん。ちゃんと腰掛け鞄に入っているから大丈夫」


「ライフルの掃除道具はどうじゃ?」


「干し肉の横のポケットだよ」


「シリンダーにはちゃんと弾が込められているのか? 」


「じいちゃん、さっきから銃の心配しかしてないよ」


 ナナトは笑いながら紐で括られたライフルを背から下ろして祖父に手渡した。祖父はそれを受け取ると、まるでこれから質の査定でもするように入念にライフルを見始める。そのライフルは長さ五十センチの大型経口で、ライフルの真ん中には十二個の弾の入ったシリンダーが一つという形状をしていた。


「村から外に出れば銃だけが自分の命の拠り所になるなんじゃ。くどいぐらいに確かめる必要がある。…ふむ。ちゃんと電撃弾が十二発、入っているな」


 あらため終えた祖父がナナトにライフルを返そうと銃を差し出し、ナナトもそれを受け取ろうとする。しかし、手渡す直前で祖父はライフルを自分の胸へと引き寄せた。


「電撃弾、火炎弾、凍結弾の違いと特徴は?」


「電撃弾は当たった獲物に電流を与えて動きを鈍くする弾。弾速が速くて銃身への熱も持ちにくいから、威力、正確性ともに一番使いやすい」


 スラスラと淀みなくナナトが答える。


「ふむ。火炎弾は?」


「銃から放たれた瞬間に周りの空気を取り込みながら大きくなっていく火の弾。威力としては一番強いんだけど、銃や弾の種類によって最大威力の距離が変わるから、獲物との距離間に注意が必要」


「凍結弾」


「当たるとその箇所周辺を凍らせる弾。動きの速い獲物にこっそり近づいて脚や関節なんかに当てて逃げるのを封じるときに使う。でも弾自体が重いから射程距離はどの弾よりも短い」


「最後じゃ。赤弾と青弾の違いは?」


「赤弾は対亜獣あじゅう用の威力の高い弾。青弾は対ヒト用の威力が低い弾。どの弾も塗料されているマークで識別できる」


「ふむ、よろしい」


 祖父は満足げに頷くと、今度こそライフルをナナトへ返した。


「あー心配じゃ。ものすごく心配じゃ」


「大丈夫だよじいちゃん。僕、射撃には自信あるから」


「そりゃ、わしが教え込んだからの。お前が村一番の鉄砲撃ちで、そのリボルバーライフルを手足のように使いこなしていることはようくわかっておる。しかしじゃナナト、お前は外の世界を知らん。山と森以外では隣村までしか行ったことのないお前がこれから何キロも先の国へ行こうとしとるんじゃぞ。知識がないというのは丸裸で森を彷徨さまようのと同じぐらい危ういことなんじゃ」


 祖父はため息をつくと、憂いを込めた視線で孫を見つめた。


「どうじゃ? 気は変わらんか? いま取り止めたとしてもお前を臆病者呼ばわりする奴など村には一人もおらんぞ?」


「もう何度も話し合ったでしょ、じいちゃん。僕は行くよ」


 ナナトは決意を込めた目で返した。祖父は忌々しげに引きずっている自分の右足を見る。


「くう…せめてわしの脚さえ満足に動くものじゃったら…」


「僕はじいちゃんの方が心配だよ。胃痛止めの薬はどこにあるかわかってる?」


 言いながら、ナナトは栗色の防弾ケープを羽織り、銃を背負ってペオへ近づいた。出発のときが来たと悟ってペオも食事をやめる。


「もちろんじゃ。食器棚の一番下の…」


「食器棚じゃなくて水差し台の下の引き出し。食器棚の下に入ってるのは調味料だよ」


「う…」


「新しいタオルが置いてある場所は?」


「ええと、離れの武器置き場?」


「裁縫台の上。ちなみに家畜の世話で使うタオルは黄色い麻でできたやつ使ってね」


「ま、まあわしのことは心配いらん。いざとなったら村へ下りてエニールの手を借りるわい」


「エニールおばさんなら妹さんの結婚式のために南の国カドキアへ出かけてるよ。帰るのは二週間後だって」


「にしゅ…結婚式なんてあやつ、そんなこと言っとったか?」


「三ヶ月も前からね。ちなみに僕も昨日の夜じいちゃんに言った」


 はて、と困惑顔の祖父を尻目にナナトはペオに跨り、屈託のない笑顔を振り向けて大手を振るった。


「じゃあ行ってくるね。じいちゃん。必ず父さんと母さんを連れて帰ってくるから」

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