第19話 連行


 魔法学園の卒業は確定した。

 推薦が来るはずのない成績に納まった。

 第二王子の婚約者という設定は変えられていないが、それは今後に期待。とりあえずはまだ嫁がされる様子はないので、あとやることと言えば┄┄


「就職活動!」


 基礎は固まったのだ。魔法学者としての本格的な始動である。

 父に良い感じの研究室を紹介してもらえないだろうか、と甘えられるものには存分に甘えていくつもりでいるエマ。

 スッキリとした表情で自室の扉を開ければ、丁度ノックをするつもりだったのだろうニーアがいた。


 お互いに面食らったが、直ぐに、


「おはよう、ニーア」

「おはようございます。お嬢様」


 思えば視線も随分近付いたものだ。

 子どもらしくちんちくりんだったエマは、年相応に美しい女性へと成長を遂げた。


 しかしまぁ、結局身長は平均より少し下という微妙なラインで、本来の悪役らしい深海のような闇を孕んだじっとりとした目は、ただの気の抜けた眠そうな瞳になってしまった上、


「今日もいい天気だねぇ」


 へらへらと笑う姿は、実年齢以下の──子どもらしさは抜けたが相変わらず──ただのちんちくりんである。


「ニーア、お父さんどこにいる?」


 そんなエマが早速、件の話を持ち掛けようとニーアに問えば、


「ご来客があり、客間に」

「来客?」

「はい。サースティン様です」


 ファッ!?


「お嬢様もお呼びするよう仰せつかいました」


 なんだと、とエマは息をのんだ。

 お偉い魔法士様が、わざわざこんなド田舎領へと何用なのか。

 しかも訊けば一人で来ているのだという。


 嫌な予感。


 エマは即座に自室にUターンしようとしたが、ニーアに首根っこを掴まれ止められた。

 ぐぇ、と潰れたカエルのような声を上げる。

 なんだか最近はこんな声ばかり上げているような気がする。


「お嬢様。ルソーネの息女として、くれぐれも粗相のないように」


 念を押され、エマはズルズルと客間へと連行された。





「エマさん、少しぶりですね」


 我が家に悪魔がやってきた。


 エマは笑顔を引き攣らせながら挨拶をし、フェリクスと対面しているレオンの隣に座った。


「エマ、サースティン殿から話は訊いたよ。人助けをしたんだって? 偉かったねぇ」


 この父親、人前でもいつもと調子は変わらないのだ。

 頭を撫でられそうになったので素早く躱した。

 フェリクスはそんな親子のやり取りをクスクスと楽し気に眺めながら、


「では、こちらの書類は持ち帰らせていただきますね」


 レオンのサインがばっちりと入った承諾書を掲げた。


 仕事の速さにエマの胃痛が荒れ狂った。

 だが彼が来たと聞いた時点でそんな気はしていたのだ。


「はい、是非とも娘のことをよろしくお願いします。┄┄よかったね、エマ。大好きな魔法研究の最高峰だよ!」

「本当に、お嬢様は優秀であらせますよ」

「えぇ~いやぁ、知ってはいますが上等級魔法士様に改めてそう言われると照れますねぇ~」


 でへへと締まりのない笑みを浮かべる父親に、エマは久しぶりのイライライラー発作が起きそうになった。

 そんなエマを放置して、ニコニコ笑顔でゆるんゆるんの雰囲気を醸し出すレオンとフェリクス。


(この二人、なんか微妙に似てるな、嫌な意味で)


 そんなことを思うが、愚痴を零すのは後にしなければ。


「あの!」


 立ち上がり、大きく声を張った。

 瞳を瞬かせ同じような反応をする二人に向かって、


「私、ワーズには行きましぇ……ん!!」


 見事に大事なところで噛んでしまった。

 だが無理やり押し切った。

 何事もなかったかのようにキリリと表情を強めるエマ。


 少しの沈黙を経て┄┄


「エマ、それはいけましぇん」

「エマさん、これはもう必須事項だと思ってくだしゃい」

「うがぁぁぁぁぁ!!」


 頭を抱えて蹲った。

 どうしてスルーしてくれないんだ。


「まぁ冗談はさておき、残念ながら君の才能を野放しにはできないので」

 と、フェリクス。


「半端なところに行くよりも安心だから、僕も賛成だよ、エマ」

 と、レオン。

 

 父親はさておき、


「君は少し、器用すぎますしね」


 フェリクスのその言葉だけは引っ掛かった。


 彼の言う通り、エマはとても器用だった。

 多種多様な魔法が安定して使えるというのはある意味特殊で、魔力量とその扱いの巧さは彼女の血がそうさせるものだ。魔法の質はどうしたって基本より頭一つは抜きん出てしまう。

 魔女だとバレていなくても、ユーリのように特殊な才能を持つ者と同じ枠に入ってしまってもおかしくない。

 セーブしているとはいえ、近くで長らくエマを観察できたであろうフェリクスからすると『入っておいた方がいい』と思うのは当然だった。


 ワーズへの推薦、それは暗に国家機関という安全な施設で保護、そして管理しておきたいという思惑も秘められている。


「改めて、今後ともよろしくお願いしますね」


 この人は何を考えて自分と関わっていたのだろうか、思わずそんなことを考えてしまった。

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