第17話 卒業試験
やってきました卒業試験。
内容は至ってシンプルなもので、未完成な薬を完成させよ、というものだ。
各々に配られた薬瓶の中に一種類だけ足りていない素材がある。試験会場内で採取可能であり、時間内に手に入れ合成し、提出する。
「それでは皆さん、気を付けていってらっしゃい」
そんなフェリクスの緩い開始の言葉で、皆動揺しながらも慌ててスタートを切ったのが、少し前。
(私のは、ニビ草か)
エマは薬瓶を目の前でチャプチャプと揺らしながら、そういえばさっき見かけたな、と思った。
本来この未完成の薬の解析から始めるのだが、エマは匂いと色と、ほんの少しの味見で何が入っているのかが分かる。
少しくらいならバレないだろうと先程こっそり魔法で掬い上げた一滴を喉に通したところだ。
そもそも薬を試飲して解析、なんてやり方は誰もしない。
大抵の薬物に抗体のある、人外的体のエマならではの解析方法である。
図らずともスタートダッシュを切ってしまったエマは、のらりくらりと試験会場である森の中を歩いていた。
馬鹿みたいに広い森一帯が会場で、至る所に仕込まれている監視植物を使って生徒の動向はチェックされている。
そんな中、エマはこそこそとその死角を突きながら、時間が経つのを待っている。
湿気が酷く、霧が濃い。
生い茂る木々のおかげで昼間だというのにそれを感じさせない薄暗さが漂っている。
足場は若干ぬめっていて、普通に歩くだけでもかなり体力を削られる。
学園の敷地内ということでしっかりと結界が張られ、魔獣がいないことは救いである。
素材探しを装いながら歩き続ける。
そんな時、背後を付いて回る気配を感じた。
エマが今回の試験内容を知った時、まず初めに思ったのは『合成が終わった薬を他人から奪えば楽なのでは?』ということだった。
しかし直ぐに自分の思考回路にドン引きし、ポカポカと頭を叩いた。
時折、にょき、と出てくるこの悪的思考はどうにかならないものか、とエマは嘆息した。
ともあれ、実行しなければ問題ない。思うだけなら自由だ。
思うだけなら、だ。
エマはバッと振り返り、大木の裏に隠れている誰かに向かって、
「言っておきますが、私の薬はまだ完成してませんので悪しからず!」
そう言い張った。
すると、木の陰からあっさりとその人物は姿を現した。
「意外と勘がいいね」
お前かーい! とエマは脳内で盛大なツッコミを入れた。
お決まりのように登場したのは嫌というほど見慣れた王子である。
両手を上げて、降参のポーズを取りながら近づいてくる。
脱力するエマに、
「偶々見かけたから、つい」
「ついって……」
「合成まだなんだ」
「……うん」
「何が足りてないかはわかった?」
「それは┄┄」
言いかけて、エマはじっとユーリを見つめた。
相変わらずの造形美ではあるが、色々と足りていない気がした。
「何が必要なの? よかったら手伝うよ」
両肩を掴まれ、エマはきょと、と丸めた目で彼を見上げ、
「あなた┄┄」
言いかけた途端に、目の前からユーリの姿が消えた。
何かと何かがぶつかり合う鈍い衝突音が木霊し、彼が殴られて横に吹き飛んだのだと理解した。
目を向ければ、見知らぬ┄┄よく見たらクラスの端にいたような┄┄男が伸びている。
「まったく……」
濃霧の中から現れ、エマの正面で不機嫌に息を吐いたのは、正真正銘ユーリだった。
彼が常に腰に差している王家の紋章の入った剣。
鞘に納まったままのそれで、ユーリはトントンと自身の肩を叩いた。
冷ややかな視線で男を見下ろしていたと思えば、そのままの温度を保ったまま横目でエマを見やる。
「一見して気付きなよ」
そうそうこれ、なんてことをエマは思う。
この黒々としたオーラが足りていなかったのだ。
同時に、キラキラオーラも全く足りていなかった。あれは常人が出せる代物ではないのだ。
「聞いてる?」
「あー、そうそう、この感じ」
今度は思うだけでは留まらず声に出してしまった。
案の定頬を引っ張り上げられ「僕が来なかったらどうするつもりだったんだ」と叱られた。
それはそれで自分で対処する気だったと言えば、瞬発力の無さが命取りになるんだと更に叱られた。
ユーリは男の胸ポケットから薬瓶を取り出し、
「マンドレイクの種か……まぁ、運は悪いね」
興味無さそうに呟いてから、何事もなかったかのように立ち上がった。
ユーリの専攻は精霊魔法であり、そのキラキラオーラで精霊まで虜にしてしまう彼は、ありとあらゆる情報を精霊たちから得ることができる。これも、常人では到底できない芸当である。
「大方、出来上がった薬か、自分のものよりも簡単な未完成薬を探してたんだろうね。毎年一人は現れるそうだよ、こういう愚か者が」
グサグサと言葉が刺さるが、エマは笑顔で同調しておいた。最高に胃が痛い。
「ところで、エマは何をもたもたしてるのかな」
「い、いやぁ……なかなか薬草が見つからなくて……」
「何が必要?」
言われていることは似たようなものなのに、偽ユーリの方がよっぽど優しい王子様だったと思った。
エマは苦虫を嚙み潰したような顔で、
「ジ、ジダ草、」
「はい、ダウト」
「な、なんでわかるの!?」
ユーリのカマかけに見事に引っ掛かったエマは、頭を掴み上げられ「ぎゃああああ」と阿鼻叫喚した。
この男、本当に容赦がないのである。
泣く泣くきちんとした合成を余儀なくされ、エマの課題は完成してしまったのだった。
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