第14話 はじまりの足音
時の流れは残酷な程に駆け足で、あっという間に十五の誕生日が来た。
──また一つ歳を重ねてしまった……
誕生日の日の朝、決まってエマは抜け殻だった。
前日の夕方頃までは大丈夫なのだ。
仕方ない、向き合うしかない、まだ──まだ、大丈夫。誕生日だからって、過ぎる日々の中のただの一日と何ら変わりない。今更だ──と、精神統一がしっかり効いて、逆にハイになる。
しかし寝入る前になると、ギンギンと目が血走ってくる。
(やばい、また一歩、死に近付いた……無理、怖い、無理、むり……ムリ……む、むむむ……む………無………)
そうして朝にはメンタルブレイクし、魂の抜けたエマが出来上がっている。
『お嬢様は誕生日が苦手』
ルソーネ家の、エマお嬢様基本箇条である。
照れているんだとか、若いのに老い先を心配しているだとか、それぞれ勝手に思い込み、そして一丸となって素敵な誕生日会を開こうとする。
ヤバイ目をして茫然としているエマは、使用人たちの手によってあれよあれよという間に準備を整えられ、屋敷の前で毎年恒例の記念撮影をする。
可愛らしく着飾られ、心ここにあらずといった(正直他人には見せられないほどヤバイ)顔をしたエマと、父親のレオン、そして使用人たちで撮る、素敵な家族写真である。
狂気的な写真を撮った後、豪華な食事に沢山のプレゼント、余興師などが呼ばれて、賑やかな誕生日会が開かれる。
そんな誕生日の後半に差し掛かる頃になってやっと、エマは正気を取り戻せるのだ。
「今年も静かに生きていくぞ……」と誓い直して、いつもの元気を取り戻す。
誕生日はエマにとって、年に一度の厄介な鬱日なのだ。
前世流に表すと、夏休み最終日の絶望感の酷いバージョンである。
ちなみにこの誕生日会、エマの状態が普通ではないため、身内以外を招いた事はなかった。
しかしいつまでもそういうわけにはいかない。
半年ほど前、
『もうそろそろ社交も兼ねて、客人を招いてしっかりとした会を開こうか』
ウキウキと話す父に勘弁してとは思ったが、こればかりは貴族の常識なんだろうと仕方なく飲み込んだエマは、今年は大丈夫のはず、と根拠の無い自信を持って、覚悟を持って、頷いたのだ。
そうしてついに、その日が来た。
◆
「──────あれ?」
何この状況。
エマは辺りを見回しながら、んんー? と首捻った。
煌びやかなダンスホール、会場内に響き渡るオーケストラ演奏、賑わう人々が、クルクル、クルクル……
「あ、やっといつもの感じに戻りましたね」
その声に目を向ければ、エマの隣には正装のリュカがいた。
いつも似合わないカッチリとした格好で、ユーリと自分の前では襟元を緩めている彼が、今日は場に合わせて着飾っている。
かくいうエマも、気合の入ったドレスに化粧まで施され、いつもと違った雰囲気を身に纏っていた。
きょとん、と隣に立っているリュカを見上げていれば、
「主役のくせに、心ここに在らずって感じですねぇ」
「んぁー」
人差し指で額をぐーっと押されて、エマはのけ反りながら「やめろぉー……」と声を上げる。
「目ぇ覚めました? まぁ、ぼけっとしてるわりには挨拶やらダンスやらはちゃんとやってましたし、側からみればお行儀の良い御令嬢って感じで違和感ありませんでしたけど。何か様子が変なんでユーリも心配してましたよ」
「あー……なんか究極に、ぼーっとしてた、ぽい……」
「昔から、アンタのぼーっとは普通の人間とは規模が違いますねぇ」
どうやら沈んでいる間に誕生日会が進んでいたようで、外はすっかり暗くなり、時刻も夜中と言っていいほどの時間だった。
現実逃避から返ってきたエマは、リュカの言葉から自分は何とかやっていたらしい事を知り、ほっとする。
全く記憶にないけれど、挨拶回りも済んだらしい。
「死ぬほど眠そうだったんで、ちょっと休むっつってきました。だからひと息付いてればいいですよ」
「……ありがとう」
開かれた大窓の外側にいる二人は、中でダンスを楽しむ人たちに目を向けたままに話す。
遠くで大勢の人間に囲まれているユーリが見えた。
会場には当然知らない人ばかりが集まっていて、学園の生徒もちらほらとはいるが、やはり多いのはエマ個人とは特に関わり合いも無さそうな大人ばかりだ。
「こういうの、楽しいのは大人だけだよね」
「俺は美味いもの食べれるんでわりと嫌いじゃないです」
「…そういえば、リュカはユーリの側にいなくていいの?」
「アンタに付いてるように、主に仰せつかったんで」
エマの誕生日という名目を利用して、王子に近付こうとしている人間が大勢いるのがわかった。
ボケボケの自分と違い、彼は本当にしっかりしているなと遠くの人混みに埋れた金髪を眺めた。
「ここ、いい感じでカーテンの影に隠れられていいね」
「だから、アンタの誕生日なんすよ今日は」
「そうは言ってもね〜」
家の中で本を読んでる方がいい、なんていうので、
「どうしたんすか。いつも以上に卑屈っすね」
「どうもしないし、卑屈で悪かったなー」
「気分を害したならすんません。お詫びじゃないですけど、」
リュカは片膝を付き、エマの手を取った。
「んぇ?」
「──気晴らしに、一曲踊りませんか?」
驚いている間に、勝手に頷いていた。
「あ」と思うころには遅く、ばっちり腰を抱かれてステップが始まる。
余程エマよりも夜会慣れしている様子のリュカは、戸惑う彼女をフォローする動きも完璧だった。
普段は「俺は育ちが悪いんで」なんて頭語を付けて、気だるげな立ち振る舞いをする事が多いリュカだが、ユーリの影響なのか、妙なところで紳士なのだ。
(そして当たり前のように顔がイイ……)
こんなのばかりが集まる世界なのだ。
ヒュォーっと、自分の存在が霞んでいくような心地になった。
「……やっぱ、俺じゃ力不足ですかね」
「え?」
何のことかと視線で問えば、「ちょっとくらい楽しませれればって、思ったんすけど……」と気まずそうに視線を流す──ので、エマはズガーン!と雷が落ちたような感覚に陥った。
「リュカ!」
「な、なんすか……」
「楽しい! すごく楽しいよ!」
「んな取ってつけたように言われても」
「違うよ! 本当に楽しいし、嬉しいんだよ!」
ほんとのほんとにほんとだよ、と声を弾ませ今日やっと心の底からの笑顔を咲かせたエマに、リュカは途端に気恥ずかしくなってきた。
エマはリュカのリードを無視して、気ままにダンスを楽しみ始める。ぴょんぴょんと弾むように踊るので「ちょっと、」とリュカが焦りながら声を掛ければ、
「誰も見てないからいいでしょ」
「アンタ、元気になったと思ったらほんと自由なんだから……」
お上品に踊るより、エマはこっちの方がずっと楽しいのだ。
「あらあら、仲のよろしいことで」
割り込んできた声に、二人はパッとそちらに目を向け動きを止めた。
誘うように甘く、どこか毒味を含んだような耳に残る妖艶な声。その持ち主を、二人はわざわざ見ずとも分かるが、じっとり顔を向けてやる為にそちらを向いたのだ。
「やっほ、エマちゃん。お誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます」
「十五のエマちゃんも素敵だね。発育も上々。できれば今年こそ中を見せてもらいたいなー、なんて」
飄々としながらベタベタと体を触ってくるアルに、先程までの笑顔は何処へやら。また死んだような顔をして、なす術もなく頬擦りされるエマがいた。
歳を重ねても身長差は埋まらず、結局こうして会う度ぶら下げられるようになった。
「嫌がらせの為に来たんならお引き取りください」
取られた物を取り返すような扱いでエマを回収したリュカが、アルに鋭い視線を向ける。
この二人の仲は、悪くはないが良くもなく、主にリュカが一方的に毛嫌いしている。
「今日の飼い主はこの子なんだね、リュカくん」
こんな感じでいちいちしゃくに触ることを言うので、これは嫌われても仕方ない、とエマはこの二人が話すのを見る度に思う。
静かに、しかし今にも噛み付きそうなリュカの前に立って、アルを見上げた。
「解剖は勘弁ですが、今日来てくださったのは嬉しいです。ありがとうございます」
「いいえ。めでたい日だからね、こういう席は好きさ。それに、今日来れなかった友人から言伝を頼まれていてね」
お使いなんだ、というアルに、エマとリュカ、揃って首を傾げた。
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