おとなしのはなし
味付きゾンビ
捕捉
これは私の田舎の話です。
田舎って言ってもそこそこ大きな駅はあるし、駅ビルもついてるし飲食店にも困らないし?あれあれ、今のカイジ?あのキャンピングカーで逃げてるくらいの都市間はあるっしょ。でも、まあ田舎っていうのは一度少し足を運ぶとびっくりする位に農作業が始まるのね。だから駅からちょっと歩けば畑と田んぼ。
え?ちょっとって?30分くらいよ30分くらい。東京と違ってさー、路面バスもそんなに行き届いてない地区もあるのよ。なんでバスを待って目的地について少し歩く、それ位なら最初っから歩いとけってなるわけ。田舎だから30分超えるともうやばいい。さっきまで水田と田んぼがあったのにもう林と森と坂道。通る車もガンガン減っていくのね。
でもね、それでも車が通るじゃない?
うちの田舎の場合は違うの。その方向に開かれた道路だけ驚く位車が走っていなくて、一日で数えれるくらいかな?私が中学の頃はジャスト10台しか使わなかったな。え?そうだよ田舎はやることないからね。数えてみたの。さっき言ったバスも出ないのねそっち方面は。だから多分住人位の為の道路になってるんだけど本当に利用者がいなくて荒れ放題で、アスファルトは割れてるし割れた所から雑草も生えてるし見える範囲にあるガードレールも車がぶつかったのが分かるくらい凹んでるし錆び付いてるんだけど修理にも来ないわけ。ああ、別にこれは運転が下手な人がいるって話じゃなくてねそう言う変な地域があるって話ね?
子供の頃の事だからうろ覚えかもしれないけど、そりゃ大きな駅もビルもあるけど田舎は田舎って訳でさ。まあ変だなあ、不思議だなあ見たいな感じだったの。変だし不思議だけどそっちに行く用事もないしそもそも何処に繋がってるのかって聞いてもなんかみんな口を濁すのよ、お父さんもお母さんも親戚のおばさんも学校の先生もね。
え?部落?ないない。ないっていうか、部落だったところはあるのよ大学が出来て市に編入されて今は痕跡としてほぼほぼ残ってないけど。鵜飼いってあるでしょ鵜飼い、あれも場所によっちゃ部落だったからうちの市なんてもうど真ん中直球の位置のはずだけどそういうの残ってないのよね。お年寄りはまあそういうこと言ってた世代もいたみたいだけどね。
で、そうお年寄り。私のひい婆ちゃんがまさにその世代でね。とにかく昔のことをよく覚えててお話ししてくれたのよ。そんなひい婆ちゃんだったら答えてくれんじゃないかなって期待して誰も通らない道の話を聞いたわけ。
その頃の私は小学校4年生で自転車も合って何処でも行ける気がして実際自分の知ってる範囲は行き尽くしてて次の探検はどこにしようみたいな気持ちだったのね。でもひい婆ちゃんは凄く難しい顔をしてちょっと考えたのかな、間があった後で手招きするから顔を寄せたのねひい婆ちゃんはすごい小さな声で『――――』って言ったの。聞こえないからもっと耳を寄せて初めてひい婆ちゃんが『おとなしむらだ』って言ったのが聞こえた。
おとなしむら?音のない村?音無し?分からなかった。
でも、ひい婆ちゃんはそれで堰を切ったように話し出した。
『あそこはな、ひでりの村だ。あそこに住んでるってだけで気をつけねばならね。昔っからな、あそこは人との交流がほとんどね。わたしが小さな頃から人がほっとんどいなくてな。婆ちゃんもそのうち無くなっちまうだろうってよく言ってた。でもな今もあそこにゃ誰かが住んでて細々と今もそこにあるんだ』
しばらくひい婆ちゃんは黙ってた。そのあとポツリと言ったんだ。
『でも、あんたが女で良かったよ』
それっきりひい婆ちゃんは黙ったきりだった。
意味は分からないけど私は怖くて、自転車に乗って探検だなんて気持ちもどっかに行っちゃって。それから殆どその事を考えることはなかったんだ。
でも、中学に入ってからだったかな。まあ田舎だからね、子供が多いわけじゃないから色んな地区の子達も同じ中学に通う形で一緒になってさ。夏休みが来たんだよね。
うちの田舎の自慢はね水が綺麗でさ。知ってる?ああ、知ってるか。そうそう新橋のところで飛び込みとかね。鵜飼が居るくらいだから鮎もいてね、鮎釣りで遠くから来る人とかも結構いたかな。私はその頃も男の子に交じってよく遊んでて、らしくないらしくない女らしくないって良く揶揄われたりしたかな。まあ今みたいに髪が長い訳じゃなかったし。ごめんごめんまた話がずれちゃったよ。大丈夫、これ怖い話だから。
まあ、外で遊ぶったって行ける場所は限りがあって、私たちももう小学生じゃなくて町が小さく感じられる位には活動的で、結局限界があるから時々誰かの家に行ってゲームしたり花火したり、まあイメージされる感じの田舎の中学生って感じの生活してた。中学一年生なんて小学生の延長みたいな物じゃない?だから宿題やって友達と遊んで疲れて帰って寝て遊んで宿題して。
そんな夏休みの中にさっきの新橋で飛び込みをやってたんだよね。なんていうの?子供の世界の度胸試しみたいなのでさ橋から飛べなかったら意気地なしっていうか、まあ度胸がないみたいな側面もあったのかな何も考えずに私は楽しくて飛んでたんだけど。でも、まあ無事皆飛べたのね。でも無事飛べても男子達は収まりがつかなくて『こんなん度胸試しにもならない』『なんだよじゃあどうするんだー』ってぎゃあぎゃあやってた。私はちょっと体が冷えて他の女の子と馬鹿なこと言ってるね男子はー、なんて話してたんだけど。
『じゃあおとなしで肝試ししようぜ』
それだけはハッキリ聞こえてちゃったんだ。
やめなよって何度も言った、何も無いらしいよやめなよ。やめた方がいいよ、そう何度も言ったんだけど男子同士引っ込みがつかなかったのかなその夜に肝試しに行ったらしいんだ。
らしいっていうのは、まあ私は途中まで一緒だったんだよね。やめた方がいいって、ひい婆ちゃんの言葉を思い出して何度も言ったけどさ。男子は行かない方がいいんだよって。多分ひい婆ちゃんの女で良かったが引っかかってた。そしたら『じゃあ、お前は怖い目に合わないってことじゃん?』って男子の一人が言った。それが切っ掛けで私は見届け役だなんて言われて巻き込まれた。
ぼろぼろの道路を自転車で走って、転びそうになりながら街灯が一つもない道を五台の自転車のライトを頼りに走ったのを覚えてる。どうしようもない真っ暗な中をタイヤがガタガタ揺れる悪さの道を走って、坂道を上がってずっと走ってたような気もするしあっという間についた気もする。ぼろぼろの道路が途切れ途切れになって、アスファルトより草が目立ち始めて、アスファルトの痕跡も消えて道路かどうかも分からなくなったころに自転車のライトが建物を一つ照らし出した。
自転車を止めて、皆でその家を遠くから見てた。ボロボロでパッと見ただけで壁にも隙間だらけで人がいるなんて思えない、そう男の子達が話してた。とにかく私は怖いし気持ち悪いし不安で人に見られてるような気もしたし耳元で人に話しかけられてるみたいな草の揺れる音も気になって仕方なかった。友達たちも不安そうな顔をしてたけど大した事ないなんて強がりを言いながら自転車を降りて行ったけど私は怖くて仕方なくて皆がここに来たことは分かったから帰ろうって言ったのに男の子達は建物のある方に、多分村の方に歩いて行った。
私は男の子たちが歩いていくのを見送って怖さが限界で自転車の所に取って返したて帰ろうとして、最後に一度振り向いた。
ズタボロの着物を着た裸足の女の人が私の自転車のライトの光の中に立って、こっちを見ていた。いやー、怖いと人って動けなくなるって本当なんだね。ライトの光の中女の人がジワジワ大きくなっていった。ズタボロの着物が風に揺れて、近づくにつれきっちり化粧をした綺麗な顔が何の表情も浮かべず近づいてきて『あんたは違う』って耳元で言われた。
女の人はそれきり興味をなくしたみたいにライトの光の外、男の子達の消えた方へ歩き去って彼女が消えて、私は金縛りが解けて自転車を凄い勢いで走らせてとにかく一刻も早く家に帰りたくてね。行きは五台の明かりが帰りは自分の一つしかなくて物理的に暗くて転んだりして、顔も痛いし足にも傷が出来てて。でもとにかく怖くて家に帰って布団に潜り込んで震えて気づいたら寝てた。傷に気付いたのも次の日かな。
え?男の子たち?いや普通に帰ってきたよ。
お前もそんなにビビるんだなって次の日に凄いからかわれたからね。
ここまでが私の子供の頃の怖い話。
これはあとでお婆ちゃんから聞いた話。
お婆ちゃんはひい婆ちゃんから聞いたって言ってた。
『おとなしはね。男が生まれないんだよ』
『母さん。あんたのひい婆ちゃんのその婆ちゃんの婆ちゃんの婆ちゃんの……昔々さね。どうしようもない飢饉があった。教科書にものってるんじゃないかねえ』
『食べる物がなくて雑草とか木とか食べる様なこともあったらしい』
『でも、どうしたって食べる物は食べたらなくなる』
『あの村にはその時に身重の女が複数いたらしい』
『痩せ衰えた男と痩せ衰えた身重の女たち。昔なら男が残れば家が残るってね』
『飢えに飢えた身重の女が村をふらふらと歩いていて、そこには飢死にした爺の死体があったんだと』
『蠅が飛び交って、口からは蛆が沸いて』
『そこで女は気づいちまったんだと。蠅がたかる位栄養がある』
『それから暫くしてその村から男がいなくなって、暫く経ったころに飢饉は落ち着きを見せた』
『……でも、それからその村に男は生まれなくなったそうだよ』
『子供からしたら大人の男を見ずに育つ。おとこなしの村』
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