第190話『屋島の戦い・2・讃岐うどん』

かの世界この世界:190


『屋島の戦い・2・讃岐うどん』語り手:テル   






 高松湾に浮かぶ屋島と高松の町の両方を臨む丘の上からカツオ出汁のいい匂いがしてくる。


 讃岐うどんに違いない!


 匂いにつられて、小高い丘に上がって見ると、全国展開している讃岐うどんの出店が湯気を立てている。




 神代の時代に千年先の源平の合戦が見られることも不思議だが、我々の空腹に合わせて讃岐うどんの出店が現れるのは、もっと不思議だ。


「アメノミナカヌシ(天之御中主神)さまのご依頼で、時間限定で出店しています」


 なんだか懐かしい雰囲気の女性店長が、釜の火を調整しながら説明してくれる。


「アメノミナカヌシの神が!?」


 イザナギさんが感激して目を潤ませる。


「アメノミナカ……って?」


 ケイトが首をひねる。


「イザナギさんの前に出てきた神さまで、カオスの世界を天と地に分けた方だよ」


「あ、ケイトが出てくる前の……」


 そう言えば、この世界に放り込まれた時は、イザナギさんも出現していなくて、わたし一人だったな。


 ほんの少し前の事なのに、ひどく懐かしく感じる。


「たこ焼きもいい香りだったが、ここの香りは、いっそう食欲をかき立てるなあ」


「姫、よだれが」


「ああ、すまん」


 タングニョ-ストが差し出したハンカチでヴァルキリアの姫騎士がよだれを拭き終わって、女店長がバイト店員といっしょにトレーを運んでくる。


「はい、讃岐うどんの朝定食セットです」


 バイト店員も店長に負けない明るさでメニューを説明してくれる。


「ハイカラうどんとご飯、お味噌汁、生卵、ちくわの天ぷら、お新香、味付け海苔のセットになりま~す。ご飯は、お替り自由ですから(^▽^)/」


「この、ヌードルの上でクネクネしているものはなんですか?」


 タングニョーストが、ちょっと気味悪そうに聞く。


「鰹節です。讃岐うどんはカツオ出汁ですから、トドメのおいガツオってとこです」


「なんだか、かんなクズのような……」


「魚を干して削ったものだよ、試しに、それだけ食べてみて」


 勧めてやると、一つまみ口の中に入れるタングニョ-スト。


「……なんと、豊かな香りと味わいだ!」


「「「「「いただきまーーす!」」」」」


 声を揃えて朝ごはんをいただく。




 眼下の陸と海では源氏と平家の軍勢がにらみ合っている。


 沖の方には、ようやく対岸からやってきた源氏の軍船も姿を現わして、陸の義経軍と挟撃の構えをとりつつある。


「平家の方には勝ち目はないのではないか?」


 真っ先に食べ終わったヒルデが身を乗り出す。


「うん、でも、このままでは終わらないと思う……」


 乏しい知識が、これでは終わらなかったと呟いている。




 あれ?




 ちょっとしたことに気が付いた。


 丘の義経軍と沖の源氏の船団は白、海の平家は赤のシンボルカラーの旗をなびかせている。


 これに不思議はないんだけど、源平双方に、ネガとポジと言っていい扇が竿の先に掛けられているのに気が付いた。


 扇は一つではなく、海上では船ごとに、陸では一個小隊に一つという具合に数が多い。


 さらに、多くの将兵が、ヨロイの袖に同じ意匠の小布(こぎれ)を付けている。


「敵味方の識別のためだな……」


 さすがにヒルデは察しがいい。


 ヴァルキリアでは、甲冑も衣装も同じ意匠のものを使っている。いわば制服で、敵味方の識別は一発で出来る。


 ところが、日本の将兵は、個人個人の武装で、見た目には敵味方の区別がつきにくい。


 そこで、扇や袖印で区別をしているんだ。




 気を引かれたのは、その、両軍の扇だ。




 源氏は白地に赤丸。


 平家は赤地に白丸。


 


 実に分かりやすい。


 ええと……わたし自身、なにかこだわりがあったような気がするんだけど、すぐには思い出せない。


 なんだったんだろう……?


 思っているうちに、平家の軍船が一艘だけ進み出てきた。


「あの舟はなんだ?」


 ヒルデが、同じように関心を持った。


 舟には、漕ぎ手の他には装束を整えた女官が乗っていて、不安定な舟の上だとは思えないくらいに優雅に舞っている。


「「ほほう……」」


 ヒルデとイザナギさんが揃って腕を組んだ……。


 


☆ 主な登場人物


―― この世界 ――


 寺井光子  二年生   この長い物語の主人公

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 


―― かの世界 ――


  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士

 タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

 タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 

 ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児

 ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態

 ペギー         荒れ地の万屋

 イザナギ        始まりの男神

 イザナミ        始まりの女神 


 

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