第183話『淡路の浜でたこ焼きを』

かの世界この世界:183


『淡路の浜でたこ焼きを』語り手:テル   






 やればできるものだ。



 ケイトの言う通り、右足を出して、それが沈まぬうちに左足を進め、左足が沈まぬうちに右足をという具合に交互に進めて行くと、背後のオノコロジマはアメノミハシラ共々霞の向こうに滲んで消えた。


「これは、淡路島を抜かしてしまって四国に着いてしまったかもしれない!」


 ちょっと興奮気味なイザナギは浜辺の砂をキュッキュッと踏みしめながら陸に上がっていく。


「ヤッタア(^▽^)/」


 無邪気なケイトは自分の水上歩行術が上手くいったので、足を痙攣させて肩で息をしながらも嬉しそうだ。


 セイ!


 小さく掛け声をかけえてジャンプすると、ヒルデは空中で一回転して地形を確認する。


 ズサ


「わるいがイザナギ、ここはまだ淡路島の南端だ。東に進むと水道の彼方に四国の陸地が見えたぞ」


「そうなのか?」


「ああ、生まれて間もない世界なので、グラフィック的に言えばポリゴンが足りないのだろう。アメノミハシラは描写が凝っているから、必要なポリゴンが桁違いで切らざるを得なかったんだろうな」


 そう言えば、アメノミハシラは最初こそ寸胴の電柱のようだったけど、イザナギ・イザナミが国生みするころには、青々と葉を茂らせて巨木のようになっていた。あの描写がテクスチャでなく、木肌の凹凸、葉の一枚一枚を造形していたら、その負荷はテラバイト単位になっていただろう。安易に背景の壁紙にしてしまわないところに、この国を作っていく姿勢が現れているような気がする。


「なんだ、そうかあ……」


 現実を知ったテルが、ヘナヘナと砂浜に膝をついてしまう。


「よし、先はまだ長い。オノコロジマでは水も飲まずに出てきてしまった、ここで食事休憩にしよう」


「すまんな、イザナギ」


「いやいや、わたしの都合に付き合わせているんだしな。それに、こまめに食事休憩をしていれば、自ずと土地々々の産物を使うことになるだろうし、この国の発展につながると思う」


「そうか」


「じゃ、お言葉に甘えておこうか」


「うんうん(^▽^)」


「では、こんなもので……えい!」


 イザナギが指を一振りすると屋台が現れた。


「ええと、これは……」


 自分で出しておきながら、何の屋台か分からずにイザナギはインタフェイスのようなものを出してマニュアルを読みだした。


「たこ焼きのようだな……」


「「たこ焼き!?」」


 わたしとケイトはパブロフの犬のようにヨダレが湧いてくる。


「たことは……」


 北欧の戦乙女いは馴染みのない食べ物なので、いぶかし気にマニュアルを覗き込む。


「こ、これはデビルフィッシュではないか!?」


「デビル……?」


「ク、クラーケンだぞ!」


 思い出した。ヨーロッパでは、ごく一部を除いてたこを食べる習慣がないんだ。


 その名もデビルフィッシュ、悪魔の魚と名付けて恐れられている。その巨大魔物はクラーケンと言って海上の船さえ襲って海中に引きずり込むと言われている。


「いや、これは美味しいから(o^―^o)」


 ケイトが寄って来ると、早くもまな板の上にタコが実体化してウネウネと動き始めている。


「ヒエーーー!」


 あっという間にヒルデは淡路島の真ん中あたりまで逃げてしまう。


「あ、悪いことをしたかな(^_^;)」


「いやいや、作り始めたら匂いに釣られて出てくるよ、さっさと作っちゃおうよ!」


 たこ焼きモードに入ったケイトは不人情だ。


「じゃ、焼こうか!」


 イザナギが拳を上げると、たちまちタコは賽の目切りのユデダコになり、ボールの中には薄力粉を溶いた中に山芋が投入されて攪拌される。 


 やがて鉄板も程よく加熱されて、油煙を立ち上らせ始めてきた。


「いくぞ!」


 ジュワーーーー!


「「おお!」」


 鉄板の穴ぼこに柄杓で生地が流される! 思わず歓声が出てしまう!


「よし、タコ投入!」


「イエッサー!」


 嬉々として賽の目切りのタコを投入するケイト、わたしは、言われもしないのにネギとキャベツと天かすと紅ショウガを手際よく投入というか、ばら撒く。


「テルもなかなかの手際だな」


「あ、去年の文化祭で……」


 そこまで言うと、去年、冴子といっしょに文化祭のテントでたこ焼きを焼いたことがフラッシュバックする。


 そうだ、二人の友情を取り戻すためにも頑張らなくちゃ。


 こんどこそ。


 しかし、ここは試練の異世界。目の前のミッションに集中しよう!


 ミッションたこ焼き!


 やがて、一クラス分くらいの穴ぼこでグツグツたこ焼きがの下半分が頃合いに焼き上がると、三人首を突き合わすようにして揃いの千枚通しでたこ焼きをひっくり返す。


「ちゃんと、バリの部分は中に押し込んでからね!」


「うん、このパリパリのバリが美味しいんだよね(^#▽#^)」


「なんだか、黄泉の国遠征も楽勝のような気がしてきた!」


 たこ焼きというのは、やっぱりテンションが上がる。


 でんぐり返しも二度目に入るころには、タコ焼きを焼く匂いが淡路島中にたちこめて、いつの間にかヒルデも涎を垂らしながら戻ってきた。


「この香ばしい匂いがたこ焼きというものなのか?」


「ああ、食べたら世界が変わるよ」


「そ、そうか……」


 ジュワ!


「あ、鉄板の上にヨダレ垂らすなあ!」


 ケイトが真剣に怒る。


「す、すまん」


 こんなヒルデとケイトを見るのも初めてだ。


「よーし、こんなもんだろ!」


 腕まくりしたイザナギは手際よくフネのトレーにたこ焼きを入れて、わたしがソースを塗って、ケイトが青ノリと粉カツオを振りかける。


「「「できたあ!!!」」」


「おお、食べていいのか!?」


「う……」


 返事をしようと思ったら、すでに手にした爪楊枝で真ん中の一個をかっさらったかと思うと、瞬間で頬張るヒルデ。


 さすがはオーディンの娘! ブァルキリアの姫騎士!


「あ、ヒルデ!」 


「うお! ふぁ、ふぁ、ふ……ぁ熱い!」


 見敵必殺の戦乙女の早業が裏目に出た。


「水を飲め!」


 目に一杯涙をためて熱がるが、それでも姫騎士、口から吐き出すと言うような無作法はせずに、イザナギが差し出したペットボトルの水を飲みながら、無事に咀嚼して呑み込んだ。


「ああ、死ぬかと思った……」


「どうだった、ヒルデ?」


 ケイトが身を乗り出す。


「ああ、美味かった。国生みの最初から、こんなものを作るなんて、日本の神話も侮りがたいものだ……」


 ヒルデの真剣な感想に、屋台を囲んだ『黄泉の国を目指す神々の会』は暖かい空気に包まれた。


「さあ、我々もいただこうか」


 四人揃ってたこ焼きをいただく。


 淡路の砂浜で食べるたこ焼きは、なんとも豊かな味わいだ。


 美味しいものを食べると、みんな幸せになるのは嬉しいことだ。ムヘンでは、なかなかなかったことだ。


 大変な旅かもしれないががんばろうという気持ちになった。


 その幸福感のせいか、背後の草叢の気配に気づくのが遅れるわたし達だった……。





☆ 主な登場人物


―― この世界 ――


 寺井光子  二年生   この長い物語の主人公

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 


―― かの世界 ――


  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士

 タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

 タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 

 ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児

 ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態

 ペギー         荒れ地の万屋

 イザナギ        始まりの男神

 イザナミ        始まりの女神 


 


 

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