第168話『ほとんど元の世界』


かの世界この世界:168


『ほとんど元の世界』語り手:テル(光子)    






 学校の中を一通りまわった。


 冴子が他人になってしまった以外は何も変わっていないように感じた。


 クラスの友だちは普通に話しかけてくれるし、席に戻って五時間目の教科書を出すと、表紙の隅に憶えのあるシミがちゃんとついている。


 黒板に目を向けると、今日は日直だ。


 そうだ、日直だった。


 日直の最大の仕事は黒板を消すことだ。


 改めて確認すると、四時間目の板書はきれいに消してある。


 相棒の戸倉さんがやってくれたんだ。


「ごめん、戸倉さん、ボーっとしてて日直忘れてた(^_^;)」


「いいわよ、寺井さん考え事してたみたいだったし」


「え、あ、ちょっとね」


「よかったら、学級日誌とってきてくれる? ちょっと担任には会いにくくって」


 そう言うと、戸倉さんは手元のプリントに視線を落とす。


 プリントは進路希望調査だ。文系・理系・就職・その他の四択の欄は白紙のまんま。提出期限は二日前。


「任しといて」


「ありがと(^▽^)」


 事情を察して職員室に向かう。


 うちの学校は規模の割に職員室が狭い。半分くらいの先生が担任をやっていても準備室などに籠っている。連携の悪い学校だと思うんだけど、それで回っているんだから、まあいい。そんな中でもうちの担任は朝から職員室に居る。ちゃんとした先生なんだ。でも、戸倉さんは、そういうのが苦手なんだ。


「おう、寺井、ちょっと」


 日誌をとって「失礼しました」を言おうとしたら担任に呼び止められる。


「はい、なんでしょうか?」


「進路希望なんだけど」


「はい」


「その他はいいんだけど、異世界・勇者というのはなんだ?」


「え……あ……(;゚Д゚)」


「なにかのナゾか?」


「あ、ラノベとか読んでたんで、ちょっとボーっとしていて……書き直します!」


 ふんだくるようにして教室に戻り、戸倉さんに「わたし書いとくから」と学級日誌を示すと中庭に向かった。


 ここは、ほとんど元の世界だ。冴子が他人だと言うことを除いて、とても穏やかな感じ。この分だと、ヤックンともうまくいってるような気がする。ヤックンと言う名前を思い浮かべても、穏やかに温もって、胸を刺すような痛みが無いもの。


 いっそ、ここに留まれば……という気持ちもしないではないけど、わたしは中庭を素通りして部室に向かった。




☆ 主な登場人物


―― この世界 ――

• 寺井光子  二年生   この長い物語の主人公

• 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い

•  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

•  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 


―― かの世界 ――

•  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

• ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

• ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士

• タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

• タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 

• ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児

• ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態


 


 


 

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