第167話『冴子!』
かの世界この世界:167
『冴子!』語り手:光子
モニターに映る三つ子ビルは傾きながらも立っている。
三つ子ビルは、異世界を含むこの世の全てを現わす模式図だ。世界樹に似ている。
一つのビルが崩れてしまうと、影響を受けて他の二つも倒れてしまう。
そして、それぞれのビルには無数の部屋があって、その無数の部屋が無事であることで安寧を保っている。
逆に、ビル全体が無事でなければ、一つの部屋を安寧に保っても意味がない。
それを理解して、わたしは異世界への旅に出たんだ。
「世界は無事なんですね……」
「うん、光子ががんばってくれたから」
「安心はできないけど、しばらくは大丈夫。あなたの周囲も、かなり改善されたわ」
「光子が卒業するまでは無事でいられると思うよ。まだ、やらなきゃならないことはあるけど、もう寺井光子でなくてもいい」
「そうよ、生徒は他にもいるし、時間はまだまだあるしね」
「じゃ……もう、冴子を殺してしまうことは?」
「おこらないわ」
「むろん、光子が殺されることもないし、追い詰められて屋上から飛び降りることもない」
「そ、そうなんだ……」
安心と同時に涙が溢れてきた。
「自分で確かめてみるといいわ。時美とお茶の用意しとくから」
「元気になってからでいいよ、駅前までお茶うけのスィーツ買いに行くから」
「湯沸かしも穴が開いちゃったから新しいのを買いに行くの」
「光子が落ち着いたら行くよ」
「あ、じゃ、わたしも、さっそく様子を見に行きます」
「そう、じゃ、時美、いっしょに出ようか」
「うん」
三人揃って部室を出る。
「もし、先に帰ってきたら、壁から三つ目の床板を踏んで、扉が現れるから」
「は、はい」
言われて振り向くと『かのよ部』のドアは消えていた。
最初にここに来た時はずいぶん驚いたけど、いくつも異世界を経めぐって、もうこの程度の事では驚かない。
念のため、三つ目の床板を踏んでドアが現れることを確認。フフっと二人の先輩が笑う。
じゃ。
顔を挙げたら、もう先輩たちの姿は無かった。
時計を見ると、異世界にジャンプしてから二時間もたっていない。
小6で読んだ『アクセルワールド』を思い出した。加速世界のゲームの中では数か月の出来事も一瞬なんだ。
旧校舎から中庭に出ると、花群れの向こうに冴子の姿が見えた。
さすがに緊張してしまうけど、時美先輩の言葉を思い出す。もう、冴子を殺すことも殺されることもないんだ。
そうだ、普通にいこう、普通に。
藤棚の前まで来て、冴子が笑顔になって早足になる。
その笑顔にほとばしるような安心と嬉しさがこみあげてきた。
「冴子!」
「え?」
目の前の親友は怪訝な顔をした。
「あ……」
「だれ?」
「あ……人違い」
瞬間で、わたしのことが分かっていないことを理解して人違いにした。
「おお、よしよしよし」
冴子は、藤棚の向こうのサツキの群れに隠れている子ネコに駆け寄った。
そうだ、先週から見かけるようになったノラの子ネコだ。
どっちかというと動物が苦手な冴子。
その冴子が子ネコをスリスリしている。
寂しさと安心が同時にやってきた。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
• 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
• 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
• 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
• 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
• テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
• ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
• ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
• タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
• タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
• ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
• ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
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