第84話『エスナルの泉を目前に』


かの世界この世界:84     


『エスナルの泉を目前に』    






 やっぱり無傷では済まなかった。



 石化したミュンツァー町長の体には縦に亀裂が入っていて、今にも二つに割れてしまいそうになっている。


「エスナルの泉まではもたないなあ」


 エンジンを止めて操縦手ハッチから出てきたタングリスはため息をつく。


「わたしがリペアをかけてみよっか……」


 オズオズと手を上げるケイトにみんなが注目する。


「リペアレベルを見せてみろ」


「えと……こんなだよ」


 ケイトが開いたウィンドウにはキロリペアとある。


 リペアには、キロ、メガ、ギガ、テラ、ペタとある。つまり、ケイトの使えるリペアは一番下の単位だ。


「これじゃ、十五分に一回はリペアしないともたないな」


「しかたない、エスナルの泉に着くまでは町長さんに張り付いてるよ」


 ケイトは砲塔後部のゲペックカステン(道具入れ)の上に身を晒し、一人後ろ向きに座って町長に付き添うことになった。




 山一つ回り込めばエスナルの泉が見えてくるところで妙な音がし出した。


 シュッ……シュッ……シュッ……




 砲塔側面のハッチから身を乗り出すと、ゲペックカステンの上でケイトが焦っている。


「どうした?」


「だめだ、MPが足りなくてリペア出来ない」


 音は、ケイトが白魔法を空振りする音だったのだ。


 ガクン ブロロロ…………


 軽く前のめりになって四号が停車した。タングリスが気づいてゆっくりと停めたのだ。


「エーテルはないのか?」


「使い果たしてしまったよ、さっきの戦いで」


 ケイトはみんなのHPを回復させるためにケアルやケアルラを使いまくっていたのだ。


「こんなときに限ってペギーは現れない……」


 ブツブツ文句を言いながらブリュンヒルデは砲塔の上に立って遠くを捜すふりをする。


「そんな見える範囲ににはいないぞ」


「ムヘン街道で商売繁盛だったからな……」


「ブリねえちゃんのエスナは使えないのか?」


「我がMPは、とうにからっけつだ」


「仕方がない、ここから歩く」


 タングリスが路上に飛び降りた。


「歩くのかあ?」


「町長は四号の振動にはたえられないでしょう」


「しかし、町長をどうやって運ぶ?」


 石化した町長は、とても一人でオンブできるようなものじゃない。


「姫の御髪(おぐし)を使います」


「わ、わたしの髪の毛!?」


「はい、姫の髪は玄武を怯ませ足止めをする力があります。その強さなら石化した町長でも運べます」


 乗員一同の目がブリュンヒルデに集中する……。


「ハ、ハハハ、何を言う! その玄武との戦いで、我がツインテールはロキと変わらぬショートヘアになっておるではないか、こんな短い髪で何ができると言うのだ!?」


「失礼します」


 一言言うと、タングリスはブリュンヒルデの両足首をムンズと掴んだ。


「な、なにをする!?」


「ごめん!」


 タングリスはブリュンヒルデの両足首を掴んだまま、ヘリコプターのローターのように振り回し始めたではないか!


「ヒエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 呆気に取られて見ていると、しだいにブリュンヒルデの髪が伸び始め、三十秒ほどしたころには三メートルほどの長さになった。


「すごい、遠心力で戻してしまった!」


「まだまだこれから!」


 タングリスは、さらに回転速度を速め、その勢いで振り回したまま浮き上がると、二分ほどで十メートルを超えた。


「戻し過ぎだぞ、わたしはラプンツェルではないぞおおおおおお……」


 それでもタングリスは回転速度を緩めず、さらに倍の二十メートルほどに伸ばした。


「このようにします。姫を先頭に、残りの者は後ろに回ってくれ」


 言われたままにすると、ブリュンヒルデの髪を四つの束に分けてそれぞれに持たせた。


「なんなんだ、これは?」


 それには応えず、四つの束をブリュンと振ると、髪束は波打ち重なり合って、クッションの効いた橇のようになった。


「みんな、ゆっくりと町長を橇の上に移してくれ」


「「「お、おお」」」


 そう言うと、ゲペックカステンに括り付けてあった町長を橇に横たえた。


「ウオ! ちょ、ちょ、ちょーーーーーータングリス!」


「これも修行! さ、行くぞ!」




 ブリュンヒルデを先頭に、その髪を荷車のように引っ張って、我々は山一つ向こうまで迫ったエスナルの泉を目指したのだった。




☆ ステータス


 HP:6000 MP:3000 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー


 持ち物:ポーション・55 マップ:6 金の針:0 所持金:500ギル(リポ払い残高35000ギル)


 装備:剣士の装備レベル15(トールソード) 弓兵の装備レベル15(トールボウ)


 技: ブリュンヒルデ(ツイントルネード) ケイト(カイナティックアロー)


 白魔法: ケイト(ケアルラ) 


 オーバードライブ: ブロンズスプラッシュ(テル) ブロンズヒール(ケイト)


☆ 主な登場人物


―― かの世界 ――


 テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫


 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる


 ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士


 タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係


 タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 


 ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児


 ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6の人形に擬態


―― この世界 ――


 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い


 中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 


 

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