第24話『掃除機のスイッチが入ったみたいに』


かの世界この世界:24     


『掃除機のスイッチが入ったみたいに』  






 ひょっとしたらと思った。




 健人が――屋上! 屋上!――と言うもんだから、わたしの意識は屋上を排除していた。


 昔っからそうなんだけど、意識の底で、健人はヘタレで、言うことやること真逆のスカタンだと決めつけていたのかも。




 もし屋上に鍵穴があったら、生まれて初めてだけど、健人に頭を下げよう。




 思ったんだけど……屋上階段室のドアの鍵穴は合っていなかった。


「くそ!」


 落胆……でも、鍵は開いていた。


「開いてる!」


 健人は屋上に飛び出したけれど、そこが異世界であるはずもなかった。


 午前九時前の屋上は、この件がなければ昼寝をしたいくらいの穏やかさだ。


「へたり込むのは早い。屋上は広いんだ、もっと探そう!」


「ムギュッ!」


 へたりこんだ健人を蹴ると、あっけなくカエルみたいにのびる。勢いでセーラーの上が捲れ上がる。


「キモ、あんたブラまでしてるの!?」


「うっさい! 見るな!」


 真っ赤になって服装を直す様子から、先行した六人の女子から強制されたんだろうと分かる。


「行くよ!」    


 健人の手を引っ張って、屋上の縁に沿って調べる。


 屋上の縁は金網になっていて、その金網はコンクリートの縁から一メートルほど内側に設えられている。


 金網に沿って走ってみるが鍵穴がありそうなところは見当たらない。


 やっぱハズレ……落胆しかけて最後のコーナーを曲がったところで見えた!




 十メートルほど先、コンクリートの縁にドアが立っている。




 ドアだけが立っているんだから、開けたとしても、屋上の高さの空中なんだけど、とにかく発見!


「……ドアが逃げてく」


 金網越しの前まで行くと、さっきよりもドアが逃げていて、ドアとコンクリの縁の間には五ミリほどの隙間ができている。


「鍵穴は……」


 鍵を持った手を金網から突き出して鍵穴に迫る……あと一歩と言うところで届かない。


 でも、鍵穴にはピッタリだ!


「金網の外に出よう!」


「で、でも……」


 健人は高所恐怖症だ。


「言ってる場合か!」


 


 金網は一か所だけ開閉できるところがある。そこは……階段室を挟んだ向こう側だ!




「こっち!」


 金網の出入り口が閉まっていたら万事休す!


 よかった、開いている!


 腰の引けた健人を引っ張ってコンクリの縁に出る。




 !!




 金網の内側と外側では、まるで感じが違う。


 足許からお尻に掛けて、ゾゾッと寒気が押し寄せる。健人は、もう震えている。


「金網に掴まりながら付いといで!」


 励ましながら、幅一メートル足らずの縁を蟹さん歩き。


 肝心のドアは階段室の向こう側。


 スパイダーマンでもない限り、階段室の外壁を伝うことはできないので、二百メートル以上の外周を可及的速やかに進む。


「ま、間に合わない……」


「やってみなきゃ分かんない!」


 吹き上げてくる風に服装は乱れまくるが、かまってはいられない。


「走るよ、掴まりながらでいいから!」


「え、ええ!?」


 ビビる健人の手をとり、反対の手で金網に掴まりながら走る!


「イッセーのーで!」




 歩くより、ちょっとだけ速い駆け足!


 二分ほどかけ、縁の角を三つ曲がったときには、ドアと縁の隙間は五十センチほどになっていた。


「なんとか行ける!」


 目いっぱい腕を伸ばして鍵を差し込む……回す。




 カチャリ!




「開いた!」


 ドアを開けると、向こうは草原のようで、草がソヨソヨと風になびいている。


「二人一ぺんには無理っぽい、わたしが先に行くから、付いてくんのよ!」


「う、うん……」


 下手をしたら、わたしだけが飛んで、健人は来ないことも思ったけど、考えている暇はない。


 ドアはジリジリと離れつつあるのだ。


「行くよ!」


 ブィーーン


 その時……ドアの向こう、まるで掃除機のスイッチが入ったみたいな音がする。


「え、なに?」


 ズボ!


 吸い込まれてしまった!






☆ 主な登場人物


 寺井光子  二年生 今度の世界では小早川照姫


 二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される。回避しようとすれば光子の命が無い。


 中臣美空  三年生、セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長 


 小山内健人 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ



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