Cast a Spell Online

浅山いちる

CSO1―初めての傷心!

 私は知っている。


『うぇ、すげぇな。杉原のやつ、また期末試験トップかよ』

『こんな貼り出さなくてもいいのにな。上は良くても、下は肩身狭いよなー』

『ほんとほんと』


 私が天才だということを。


 私は知っている。


『杉原さん。私、杉原さんか好きです! 付き合ってください!』

『ごめんなさい。私、意中の人がいるので』


 男子はもちろん、異性問わずモテるということも。


 ······全てが順風満帆だと思っていた。


 意中の彼が、廊下で偶々あんなことを口にしているのを――聞くまでは。


『俺、あいつ――杉原はちょっとなぁ······。美人だし頭もいいけど······なんて言うか、お高く止まってるみたいで苦手なんだよ。見た目はタイプだけど、やっぱあの性格だけは駄目だわ」


 ――だって。





「これまで気を引くために頑張ってきたのにいいいいいぃ······」

「へぇー、全部裏目に出てたってことなんだー。残念だねぇー」

「そんな軽いもんじゃないよおおおおぉぉ!」


 中高一貫の私立高校二年になったばかりの私こと杉原鈴華(すぎはらりんか)は、親友――町ノ瀬冬子まちのせふゆこの家でテーブルに突っ伏していた。テーブルに置かれた私の制服の袖は、今や涙と鼻水でぐちゃぐちゃである。


「軽く言ってるつもりないよー?」

「分かってるけどもっと慰めてよおおおおぉ······」

「はいはい、よしよーし」

「うえぇーん······」


 話を戻そう。


 簡潔に述べると、私は同じクラスのとある男子が好きで、その彼に、まだ告白したわけでもないのに振られたような発言を聞いたわけだ。実を言うと、彼に話し掛けることだけがどうしても出来ない――恋愛にだけ奥手な私が天才と呼ばれるまでになったのも、容姿に気を使ってこっそり頑張ってきたのも、全ては彼の気を引くため。少しでも気にしてくれれば嬉しかった。少しでも話題になれば良かった。話し掛けられた日にはとてもハッピーだった。


 なのに、


「どうしてええええぇ······」


 結果、この有り様である。このウェーブ掛かった茶色の髪も、このお高く止まった性格も、彼の好きな女性芸能人を偶々耳にして、それだけを頼りに無理して作ってきたのに全て徒労だったのだ。どうやら、彼がその芸能人に所望していたのは、私同様“見た目“と“頭脳“だけだったよう。肝心な所を私は知らなかったのである。


「もう忘れなよー。そんな中身が見抜けない男のことはー」

「いやだあああああぁ······」


 こうして、今さら学校での性格も見た目も変えられぬ、中学から彼に好意を抱いてきた――高校デビューした私の心は無惨にも、勝手に始まって勝手にボロボロなのである。


「あああぁ······死にたいいいぃ······。ふゆこおおぉー······殺してええぇ······」

「やだよー。それに死ぬのも駄目だよー」

「じゃあ現実逃避させてえええぇ······」


 そして私は、只々、その言葉通りなにもかも忘れたい気持ちだった。――のであるが、しかし、この時傷心の私は思ってもみなかった。まさかこの発言が、さらに、今日まで積み上げた私の華やかな人生設計を狂わしてしまうとは。


「現実逃避? あー、じゃあこれやってみなよー」


 そう言って、まだ同じ制服のまま、座りながら背後の何かを探り出す冬子。彼女はガサゴソとするほどの間もなく、すぐに、立ち上がりもせず、そのままの姿勢からポンとテーブルの上に何かを乗せた。


「はい」

「ふぇ······?」


 涙と鼻水で上手く声にならなかったが、さておき、涙を拭った私の目に入ったのはヘッドフォンだった。財閥の娘である彼女の部屋に入った時、防音で大型ステレオまであるのになんでだろ――と、ほんの少し気になってはいたが、それはどうやら音楽を聞くためのものではないよう。そのヘッドフォンの頭頂部には刻まれた文字がある。


「カ、カス······」

「『Castキャスト a Spellスペル Onlineオンライン』。通称『CSOシーエスオー』または『CSOクソゲー』って言われてるの」

「ク、クソ······?」

「これねー、最近出たゲームなんだけど面白いんだよー」


 そして冬子は、クソゲーという言葉について触れようとした――傷心で敏感で自虐のようにロクに英語も読めない私を置いてけぼりに、自身のスマートフォンを操作してそのゲームの公式ホームページを見せながら説明を始める。


「最近出たフルダイブ型のVRMMOオンラインなんだけどねー。ヘッドフォンから睡眠を誘う音波が出て、眠るとヘッドフォンが脳波を読み取って、ネット世界とシンクロしてくれるのー」


 要するに、まるでもう一つの世界に生まれ落ちたような、全ての感覚をオンラインの仮想現実(VR)に自己を投影する『フルダイブ型』のゲーム――ということだそう。この俗に『フルダイブ型VRMMO』というものについては、最近、テレビやネットでも目にするため知っている。


 しかし――だ。


「なんで、へっどふぉん······?」


 涙声でこんな言葉を使うとは。


「これは中継器で、あっちの本体と無線で繋がってるのー」


 冬子が指す窓側の勉強机にはパソコンが。


 なんでも、五感から意識まで全てゲームの中へ委ねるために、本体である肉体に負担が掛からぬよう――ベッドやソファなどで使用できるようにしたのが企業側のコンセプトなのだとか。寝ててもゲームはしているのだから、頭は疲れそうな気もするが······まぁ、そこは置いておこう。


 ともあれ、そんなこんなの内容を聞いて、でも、なんでこのゲームを勧めるのだろう? と、赤く目を晴らしているであろう情けない顔を彼女に向けていると、


「それでね、このゲームを勧めるのにもちゃんと理由があってねー。私がハマってるっていうのもあるけど、一番の理由はやっぱこれなんだー」


 そうして彼女は、スマートフォンの画面をそのゲームのプレイ動画に切り替える。その画面には、まるで魔法使いのような服装の人や戦士のような人が映っていた。その画面を見ても、ゲームじゃよくありそうだなー。と、何の違和感も抱かなかった――が、音声を聞いているうちに、ん? もしかして、と思った。


「えへへー、気付いたー? このゲームね、AIが『スペル』っていう――プレイヤーが叫んだ言葉を読み取って魔法みたいにしてくれるのー。例えば『ファイア!』って叫んだら炎が出たりね。すごいでしょー?」


 私の抱いた違和感に間違いないはなく、やはりそれが、このゲームの特色のよう。彼女の影響でゲームには触れてきたが、この者達は、その私でさえ全く聞いたことのない呪文を唱えている。


 例えば「エターナルフォースブリザード!」と使い古された厨二の呪文や、「アース・ウィンド・アンド・ファイア」と、かつて祖父に聞いたことある古いバンドの名前をクールに口にしている者。また特に、もしや、と先の“気付き“に至るまでに印象的だったのが「松尾部長のバカヤロー!」と、魔物らしき敵に向かって叫ぶ、雷の魔法を使う女性だった。


 そして、画面の中の誰もが、叫ぶと同時に魔方陣を出現させるため、見た目は特に関係ないのかな······? などと、“今日の傷心“も忘れて考えていると、それと同時に、私の目の前にいるこの親友の意図がようやく読めてくる。


 ······そう。これは、


「だから鈴華も――」


 ニコニコの内に悪いニヤニヤを秘めた、猫のように気ままで幼い体躯をした黒髪ショートの、私の大親友の優しさなんだと。


「その鬱憤を晴らすように叫べば、案外スッキリするかもよー?」

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