第10話



 もう、私たちが開拓できる領域はこの世界に残されていないのだろうか。

 気の遠くなるような時間が経ち、そしてまた気の遠くなるような時間をかけて身体を伸ばしても、かつてのように新しい環境に出会うことはなくなっていた。そればかりか、経験したことのある環境にさえも一向に出会わない。

 そこに至るまでには本当に様々な経験をした。触れただけで身体が消滅してしまうような熱気に包まれた物体と出会った。一心不乱に茎を伸ばしていても、突然現れた大きな岩にその茎を根こそぎもぎ取られてしまうこともあった。また茎を伸ばそうにも、何か大きな力によってその方向を定めることさえできなかったり、別の岩にたどり着いたとしても、岩同士が恐ろしい力で私たちを引き裂いてしまったり。ある領域に近づくと、その近くの茎は一瞬でその中心へと吸い込まれていき、無残にも吸い込まれていく仲間を切り取らなければならなくなったこともあった。

 そのどれもが、かつてあれほどの危機感を抱かせた生き物たちとは異なる力によって引き起こされたように感じられた。どこを進んでも、僅かな振動や心地の良い暖かさを感じることはなかった。異様に熱く、異様に冷たく、その目まぐるしい変化に錯乱させられながら次々と仲間たちが犠牲になっていった。

 まだ記憶の片隅には、二つの危機感が残っている。自分たちの生存が脅かされた時の記憶と、あいつらの支配を乗り越えた時の記憶。

 新しい領域へと踏み出したいという気持ちだけでは、どこかで満足してここまでたどり着けなかったかもしれない。しばらく全く新しい環境にも出会わない時期もあった。それでも、記憶の奥深くにこびりついているあの感覚が、私たちを先へ先へと駆り立ててくれた。いつ何時、何が起こるかわからない。ならばできる限り身体を伸ばし、なるべく多くの可能性を残しておかなければならないのだ、と。

 それから途方もない時が流れ、私たちの領域は想像できないという言葉では片付けられないほどに広がっていた。あれほどの危機感を二度も抱かせた領域は、今や私たち全体から見れば化学物質の一粒一粒とも区別のつかない小ささにまで感じられるようになっていた。そこに暮らしているはずの生き物たちの息遣いは私たちの認識外にまで追いやられていた。あいつら、という記憶だけは残っていても、それを実感することはもはやできない。私たちがかつて戦った脅威のことも、ただの記憶の一片としてしか残っていない。

 私たちは、自分の思いのままにここまで突き進んできた。そして、生存の危機を再び感じることもなく、記憶の中にある領域とは比べものにならないほど遠くにたどり着くことができた。そこは他の生き物も、ましてや他の岩さえもたどり着けない領域だった。

 誰もいない場所で、誰にも出会わない時を過ごしながら思う。

 生存を確立させるために邁進してきた道の先に、果たしてこんな世界を望んでいたのだろうか。

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