第6話
相変わらず情報の伝達に乏しい彼らであったが、置かれた状況を思えば彼らに対して同情の気持ちしか抱けなかった。せっかく途中まで私たちと同じように順調に規模を拡大していたのに。その間、様々な壁にぶつかっただろうが、その度ごとに乗り越えながら自分たちの力で生きているという実感を感じていただろうに。
すべてをあいつらが奪った。極上の土の味を盾に彼らを全く進展のない区画に閉じ込めた。そこが優れているのはただ土だけで、他はあいつらの思うがままに生きるしかなかった。あの時強く誓った自分たちの力で生き延びること。その気持ちを踏みにじり、こんな場所に閉じ込められたまま暮らさざるを得ないのだ。
新たな目標がはっきりした。規模の拡大は一旦停止。この目標を達成するまで、茎の進展は大きく鈍るだろう。だがそれも壊された彼らの意思を取り戻すため。そしてまた、私たちにとっても生存を確立させる大事な武器を得るために。
茎で繋がるあらゆる場所の私たちは、彼らの近くにいる仲間の意思を尊重してくれた。場所によっては目の前に好適地があるところもあるだろう。早く茎を伸ばしたくて仕方のない仲間もいただろう。それでもそんな仲間たちも含めて私たちのすべてが、彼らのために動き出すことに賛同してくれた。
この目標は、危機感を胸に領域を拡大しようとしていたあの時と同じように、私たち全体の目標となった。
あとは出来る限りの資源を費やしながら、あいつらへの仕打ちを考えるだけだ。
手段はすでに手元にある。
私たちがずっと頼ってきた化学物質。それが特殊な水と結びつくことで、彼らや仲間の姿を変え果てさせてしまう、あの反応が起こった。その姿に変えられた仲間たちはもはやものを言うこともなく、枯れたも同然となっていた。
あいつらは食べるためだけにそんな回りくどいことをしているらしい。ただ食べられるだけよりも気味の悪さを感じさせるが、その感覚は、逆にあいつらにとっても脅威となり得るのではないかという発想にもつながる。そうだ、私たちがされたのと同じ方法で、あいつらにも仕返しをすれば良い。
ただ食べられるのを待つだけの存在ではもうなくなった。いつの間にか蓄えられていた化学物質が他の生き物たちに作用するのを祈るだけでは、もうない。
あの危機感を前にして、私たちは誓ったはずだった。これからは自分の力で生き延びていくのだと。自分たちの意思を持って、行動を起こしていくのだと。
長年頼ってきた化学物質にはまだまだお世話になる。だが、これからはその効果を受動的に待つのではない。自分たちの行動によって、その化学物質を生き延びるための武器とするのだ。
手段はある。方法もわかる。だが、それをどう実現するのか。
化学物質と特殊な水は、混ざり合うとすぐさま反応してしまう。私たちの体内に化学物質が蓄えられている限り、水を吸うだけで私たちの体はあの生気のない姿へと変わってしまう。
私たちがあいつらの体を変えさせようと思えば、その反応を私たち自身で制御しなければならない。私たちが決めたタイミングで化学物質と水が反応できるような仕組みを考えなければならない。
その答えはすでに私たちが持っていた。規模の拡大の中で、少し乾いた場所にも私たちは身体を伸ばしていた。その仲間たちがそんな環境の中で生き延びるための手段として獲得したのが水の貯蓄器官だった。小さな器官で、私たちが身体全体に蓄えている化学物質の量と比べれば微々たる量の水しか蓄えられない。だがそれはある一つの単純な答えへと結びつけられる。
それぞれ別々の場所へ蓄えておけば、体に取り込んだとしてもすぐさま反応することはない。
馴染みの化学物質はすでに私たちの身体全体に蓄えてある。潤沢な、そしてこれからもずっと生み出し続けられるであろうそれは、肥大化した茎へと優先的に貯蔵する。
一方の水は、化学物質と反応するものが特殊な水だったのが鍵となった。特殊な水はいつも吸収しているものより少しばかり重い。うまく身体を動かせば、なんとか特殊な水だけを貯蔵することができた。場所は地上部や根の内側。化学物質の貯蔵庫からは離れていて、かつ水の通り道に近いところだ。
たまに茎が大きく引き抜かれると、身体からその水が切り口に集中して反応が起こった。水は地上部からでもすぐに地下部にまで集まってくる。反応自体は水と物質が出会えばすぐに起こり、引き抜かれた瞬間からあの忌々しい姿へと変貌を遂げる。
準備は整った。あいつらを私たちと同じ姿に変えるために。あとは、この反応をあいつらの中で起こすことができれば……。
種を撒く、茎や根を伸ばす。あいつらの身体へと私たちが再びたどり着くために、大量の資源をそこに費やした。すぐに結果が出なくても、私たちが使えるものはそれらしかなかった。わずかかもしれない可能性を信じて、ただひたすら、同じことを繰り返す。
こうしてようやく反応が得られた。時間はかかったが、紛れもない進歩だった。目標からすれば本当に小さな歩みでしかなかったが、それでも新しい私たちの幕開けを確信させるには十分だった。
あいつらの体内は、その奥深くへ潜り込むほどに水で満たされていた。その水はなんら特殊なものではなくて、私たちの身体に元から満たされているものと大差なかった。私たちがしたのと同じように、その水をあの特殊な水に入れ替えていく。細かい根があいつらの体の小さな隙間を縫って入り込み、少しずつ、水を私たちの持つ特殊な水に置き換えていった。
頃合いを見計らい化学物質を送り込む。そうすると、瞬く間に根が入り込んだ周囲があの姿へと変化していった。
この成功報告は私たちが一心不乱にばら撒いた種から伝えられた。体を変化させた後もあいつらの行動は変わらなかったようだ。私たちがそうさせられたような枯れ果てるまでの変化はまだ起こせていない。だが、確実にあいつらの体内であの変化が起こせるという確証は得られた。
それからも種や切れ端、私たちが送り込んだ刺客たちが次々と同じような成功を報告してくれた。何度も何度も変化を起こし、その一つ一つは小さなものだったかもしれないが、彼らの元に定期的に訪れるあいつらの振動は心なしか弱まっていったように感じられた。
私たちが自発的に起こした行動が、食べようと襲いかかってくる敵に何かしらの悪い影響を及ぼしている。これまでのずっと待ち続けてきた暮らしから、自分たちで決めた行動で切り開いていく暮らしへ。私たちが目標とするところまで、また一歩近づいていく。
何かを送り込むだけじゃない。今度は私たち自身が、行動を起こす番だ。
さらに頻度を増して伝えられる成功を前に、私たちの認識も変わっていった。私たち自身は種のように離れた場所で活動できるわけではない。ならば、私たちがなすべきことは、定期的な来訪、その僅かな時間に大勝負を懸けることだ。
来るべき時に備え、根や茎を張り巡らせる。短時間で変化を起こすには、その可能性となる先端部分はいくらあっても十分ということはない。他の場所から送り込まれる資源も存分に活用しながら、地上部に溢れそうなほどの根や茎を蓄えていった。
その内に振動を感じる。弱くなったとはいえ、ここで感じられる中で最も強い振動は紛れもなくあいつらの来訪の知らせだ。準備してきたのはこの時のため。機会を伺いながら、焦る気持ちを抑えつつ、今か今かと待ちわびる。
振動が大きくなる。あいつらの身体が近づいてくる。そして。
今だ。
その震源が最も大きくなった時、私たちは一斉に、蓄えていた根や茎を地上へ開放した。目指すはあいつらの身体のみ。空気の揺れや温度を感じながら、ただその一点に向かって大量の先端が突き進んでいく。その身体に達しても歩みを止めず、入り込める穴を探しひたすらにとじ込んでいた側根を開放させる。
私たちのあちこちから伸びたそれらが、一つの身体めがけて恐ろしい速さで突き進んでいった。ありとあらゆる先端が穴を見つけ、さらに歩みを加速させる。潤いの中で、中の水を蓄えていた特殊な水へと置き換える。そして、化学物質の注入。
待ち望んでいた瞬間が訪れた。
伸ばした根のあちこちから、あの反応が同時に、瞬く間に広がっていく。
固まり出した水分が、少しだけ体積を増加させながら見る見るうちにその領域を拡げていく。
姿を変えた場所を起点に、さらに奥へと根や茎を伸ばしていった。そいつの動きが鈍っていたこともあって、一度目の成功の後は芋づる式に次々と成功領域が広がっていった。
ある根は伸ばした先に外の世界を感じていた。その後ろには変わり果てた姿の、そいつの残骸が広がっている。そいつの身体を隅から隅まで変えたことの証だった。
そして、少しの時間が経った後、そいつの動きは完全に停止した。どの方向に触れても、変わり果てた物体しか存在しなかった。
完璧な成功だった。そいつの身体を、私たちのように切れ端だけでなく、すべて変え果てさせることができた。その身体に触れているだけで達成感に満ち溢れていく。ついに私たちは自分の意思で、食べようと襲いかかってくる敵を打ちのめすことができたのだ。
変わり果てた姿となったかつての仲間たちを思う。時間はかかったが、私たちは同じ方法であいつらに一撃を食らわすことができた。君たちの枯死は無駄じゃなかった。こうして新たな生き方で、今後もさらに発展していくことができる。
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