喜怒哀楽ノセカイ

凶畑 海

喜怒哀楽の "哀"

「えー! シネマサタデイ本日休館――!?」


 休館を知らせるポスターを食い入るように見つめながら名残惜しそうにアイラは不満を漏らした。


 「ねー嘘よねシュウジ! なんでよりによって今日なの!?」

 「そりゃ俺が聞きたい」


 想定外だ。まさか休館だとは。まずいことになりそうだ。


 「あーもう最悪! 私は今日という日を楽しみにしていたのに! 嗚呼ああ! 神様はどうして私に冷たいの! ひどい! ひどいと思わない!?」


 アイラは今にも泣きそうな表情で俺に問いただす。先程まであんなに楽しみにしていたっていうのに。


 「まあ落ち着けよアイラ。別に今日じゃなくたっていいだろ。その、なんだっけ? “希望のナントカ”って映画は来週までやっているそうだ。来週また来よう」


 俺はアイラが気を落とさないよう至って前向きにフォローを入れる。


 「“ホープ”よ! “ 希・望・の・ホ・ー・プ”! 今世紀最大の超感動スペクタクル! 超泣けるって話題なんだからー! 本当は先週行きたかったんだけど忙しくて泣く泣く甘んじてしょうがなしに今日という日に来たのにぃ……ああ……もう最悪」


 アイラは文字通り項垂れてしまった。通行人の視線が痛いが、そんなことを気にしていられない。もう慣れっこだからということだけではなく、そんなことを気にする暇がないからである。


 ぽつり。


 滴が頭を、肩を、徐々に体全体を濡らしていく。


 「雨、ね……」


 雨が降ってきたのだ。先ほどの晴天が嘘であったかのように、まるで書いた小説が運良くたまたま書籍化し、それがあろうことかミリオンセラーになった新人作家のように矢継ぎ早に勢力を強めていく。あっという間に土砂降りだ。


 「おいアイラ、あそこのカフェで雨宿りしないか?」


 映画館と向かいのカフェを指さす。


 「そう、ね。そうしましょう」


 俺の提案に、アイラは素直に従った。


 土砂降りの雨。その陰鬱ぶりは、今のアイラの心情とシンクロしている。

 楽しみにしていた映画が見られなかった。期待を裏切られた時ほど、人はよりいっそう落胆するというものだ。


 早急にアイラの機嫌を治さねば。

 雨は勢いを増していく。

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