戦士と南方大陸3


 本隊とベヒーモスの合流によって、南方大陸における遺物探しは理想的なペースで進んでいる。

 ソアラも帰還し拠点には再び平和が訪れていた。


「二千三十四、二千三十五、二千三六」

「いい加減その気持ち悪い筋トレをどうにかしろ」

「そういわれてもなぁ」


 いつものようにキアリスの文句を耳にしながら俺はトレーニングに励む。


 今日は逆立ち左手人差し指腕立て伏せを行っている。

 加えて股に岩を挟んで重しにしている。


 このくらいしないと全く負荷にならないのだ。レベルによってパワーは上がっているが、実際に上手く使えるかは日頃の訓練にかかっている。ましてや俺は強すぎる人間だ。手加減するにもトレーニングが必要なのだから色々苦労する。


 あとは趣味も兼ねたストレス発散だ。


「あっちはどうなんだよ」

「あれはまだ努力と呼べる。貴様のは人外じみて鳥肌が立つのだ」


 グルジン遊団長が、半裸のまま体中に大量のおもりをぶら下げスクワットをしていた。その顔は苦痛に歪み全身から大量の汗が噴き出していて、見るからに頑張っている感じが伝わってくる。


 あれがオーケーで俺がダメなんて理不尽だ。


「トレーニング中失礼します。団長にお会いしたいという方が来られておりまして、ひどい怪我なのでひとまず手当てを行っているのですが」


 団員の報告に俺は筋トレを中断した。


「どこから来た?」

「東にあるイーザスからとだけ」


 確かに東にはイーザス国が建設した拠点がある。

 有名な冒険者が複数所属し、特に抜きん出た実力者のチバ・ダイスケがいることでこの辺りではよく知られている。イーザス国ともあそこの冒険者とも険悪な仲ではない。仲を語れるほど関わりがあるわけでもないが。ウチの方針は『余裕があれば助けてやる。攻撃すれば潰す』なので、助けたことに異論はない。


「会おう。どこにいる」

「こちらです」


 団員に案内され治療室へと向かう。





「あやつめ、許さんでござる。この恨み晴らさずおくべきか」


 治療室では二人の男がいて、一人は血まみれで今も治療が行われており、もう一人は半裸に包帯を巻かれた状態でブツブツ呟いていた。


 自己紹介をする前に負傷者を助けた方が良さそうだ。


「ハイポーションを使ってもいい。助けてやってくれ」


 治療班は一安心した様子で、ハイポーションのボトルを取りに走る。


 すでにハイポーションの製造方法は古代種から聞き出し各国確立されているものの、製造コストの高さから未だ安価な治療薬にほど遠いのが現状だ。数にも限りがあり部外者に気軽に使えるほど安い品ではない。


 だが、あえて俺は使用を命じた。


 穏やかではない雰囲気からそうすべきだと判断したからだ。

 なぜ負傷しながらもここへ来たのか、その真意を尋ねる必要があった。


「俺は漫遊旅団の団長だ。我が拠点にようこそ」

「挨拶もなく失礼したでござる。拙者はチバ・ダイスケ。命を救っていただいたことまことに感謝いたす」

「礼なんかいいよ。それよりあんたもハイポーションを」

「お気持ちは嬉しいが遠慮させていただくでござるよ。十二分にしていただいた」


 チバと名乗る男は床に座り、脇に刀を置いて深々と頭を下げた。


「して、貴殿はトール・エイバン殿に相違ないでござるか?」

「そうだけど」


 彼の目がギラリと光る。

 一瞬、刀を掴んで抜き斬ろうとしたようだが、彼は鞘から抜かずとどまった。


「拙者に見覚えはないか?」


 ん? んん? あ!

 思い出したぞ! チバだ! 仲間の魔族に後ろから攻撃されたチバ!

 懐かしいなぁ。生きてたんだ。


「思い出したようでござるな。あれから拙者は殿の仇を討つべく貴殿を探した。ようやく巡り会えたかと思えば、仇に命を救われることになろうとは。不覚。なんたる不覚」

「な、泣くなって」


 怒ったかと思えば今度はおいおい泣き始める。

 感情豊かだなぁこいつ。


 すると今度は覚悟を決めたように姿勢を正した。


「受けた恩は必ず返すが我が剣の道。命を救っていただいたこのご恩、返した後、改めて貴殿に戦いを申し込みたいでござる。かまわぬだろうか?」

「うーん、恩返しとかいらないんだけど。まあ別に良いけどさ・・・・・・それより俺に話があるんだろ?」

「少々長くなるが聞いていただきたい。これはイーザスだけでなく南方大陸で活動する全ての冒険者に関係する話でござる」


 チバはゆっくりと経緯を語り始めた。


 彼らが所属する『イーザス南方調査団』は冒険者を中心に設立された国家主導の組織だそうだ。

 目的は遺跡の調査と遺物の発掘である。現地に無事到着した彼らは拠点を築き、着実に遺物を集めていたそうだ。


「拙者らは成果に浮かれていたでござるよ。戻れば一躍有名人。得られる報酬も莫大でござる。一生遊んで暮らせるだけの金が手にはいるでござるよ。奴らは油断する瞬間を待っていたかのようにやってきたでござる」


 イーザスの拠点が何者かによって襲撃されたのだ。

 深夜だったこともあり対応は遅れに遅れ外壁の突破を許してしまったそうだ。戦力差はおよそ二倍。彼らは苦戦を強いられ拠点を放棄するしかなかったそうだ。


「生き残れたのは半数にも満たないでござる。拙者もあの者を連れて逃げるので精一杯でござった」

「・・・・・・敵の正体は?」

「クリスナダム。混乱の最中、指揮をとるスパイクを目撃したでござる」


 ああ、あいつか。つい先日俺も襲われたのですぐに顔が出てきた。


 てっきりあれはスパイクの独自判断と考えていたけど、どうやらクリスナダム自体がそういう方針らしい。複数の国家と事を構えることにもなりかねないのだが。リスクをリスクと思っていないのか、正気の沙汰ではないな。


「あれで終わるはずがないでござる。どうか他の拠点にこのことを知らせて貰いたいでござる」


 遠くないうちにウチにもやってくると、チバは言いたいらしい。

 イーザスの拠点からこの拠点へはそれほど距離はない。歩いて一日と少し程度だ。しかも俺はスパイクから恨みを買っている。狙われていないと考える方がおかしい。


「すぐに他の拠点にも報を送る」

「感謝するでござる」

「で、あんたはどうするつもりだ」

「無論、拠点を取り戻すでござるよ。あそこには仲間達の亡骸が今も野ざらしになっているでござる。同じ釜の飯を食った者として弔ってやらねば」


 彼は脇に置いていた刀を掴み立ち上がろうとする。

 だが、足がふらつき倒れてしまった。


「敵がわんさかいるところに戻るつもりなのか。その体で」

「這いずってでも戻ってみせる。動いていればじきに立ち上がれもしよう」


 本気で這ってでも戻るつもりらしい。

 そんな状態で送り出したら寝覚めが悪いだろ。


「協力してやるからしっかり休め」

「よい、のか・・・・・・?」

「クリスナダムの思惑は不明だが、少なくとも奴らは超えてはならないラインを超えた。拠点を壊滅させるなんてやりすぎだ。そうだろキアリス?」


 ドアを開けて入ってきたのは立ち聞きをしていたキアリスとタキギである。


「そうだな。脅威となる前に叩いておくべきだ。奴らはイーザス拠点を落とし油断している。この好機を逃す手はない。それから言っておくが、私はたまたま通りかかって聞いてしまったのだ。先に立ち聞きをしていたのはこいつだからな」

「ちょ、おい、てめぇが言い出したじゃんか。罪をなすりつけるなじゃんよ。これだからボンボンの騎士様は」

「生まれは関係ないだろうっ! 訂正しろ!」


 二人は取っ組み合いを始めた。

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