戦士の想い


――島の開拓に加わって三ヶ月が経過した。


時折様子を見て自宅に戻ってはいるが、そのほとんどを俺は島で過ごしていた。


なぜこうも開拓にこだわるのか。先に待つ南方大陸の冒険も理由の一つではあるが、本当の狙いは妻と子供達を安全な場所で生活させる為だ。


自慢じゃないが俺は今や各国から注目される男だ。

古代種の末裔に最強のスキルと話題に事欠かない・・・・・・らしい。


当然、世の中には俺や家族を利用しようとする輩もいるだろう。俺の抱える莫大な経験値を狙って良からぬことを企む者も出てこないとは限らない。今はいなくともいずれそういう奴らは現れる。必ずだ。子供達が安心して成長できる環境を作らなくてはいけない。


俺と妻達は何度も話し合いを行った。


そして、出した結論は『俺達だけの街を作ろう』であった。


安住の地がないのなら自分たちで作ればいい。いずれの国家にも属さない俺達による俺達だけの街を。もちろん団にとってもメリットのある計画なのは間違いない。そうでなければいくら俺とネイでも案を通すことはできなかった。


ただ、主と呼ばれる大きな障害があるとは予想していなかったわけだが。





「俺に任せてくれれば・・・・・・」

「トールは団長だ。どーんと構えてふんぞり返っていればいいんだ」

「ソウデシタネ」


傍に控えるネイに諭され俺は浮き上がった尻を再び下ろす。


目の前では団員達が主である『バイコーン』を相手に激闘を繰り広げている。

ホーンラビットと同様にあらゆる点において通常個体を超えたもはや別種ともとれるような異常な個体であった。


この島の環境がそうさせたのか、それとも南方大陸に近いからなのか。


南方の魔物は俺達が見たこともないような新種に溢れ、いずれもこちらとは比較にならないほど強いそうだ。その影響なのかは現時点ではまだ不明である。


「我が剣のさびになれ! きぇぇえええっ!」


騎士らしき風体の青年が奇声をあげながら一閃する。

だが傷は浅かったようだ。バイコーンは攻撃をものともせず複数の団員を跳ね飛ばしながら駆け抜けた。


漫遊旅団には『遊団長』と呼ばれる五人の長がいる。それぞれが最高戦力にふさわしい戦闘力を有し団員の指導と指揮を行っている。そんな彼らが苦戦を強いられるのが主という存在だ。


騎士らしき青年――キアリス遊団長が団員を引き連れて追い込みをかける。


「ベナレ!」

「すでにいる」


ダークエルフの女性が先回りしてバイコーンの行く手を塞ぐ。


ベナレ遊団長だ。愛用の三節棍による攻撃は魔物の足を止めるに至る。


相手が悪いと別方向に向かったバイコーンをさらに止めたのは、獅子部族のグルジン遊団長であった。

太い腕と装着した手甲から放たれる拳は単純にして強力無比。バイコーンは予想していなかったダメージをくらいよたよたと足をふらつかせた。


「自慢の打ち込み効いただろ? さぁさしでろうじゃないか!」


拳を構えたグルジンは仕事を忘れ私闘に興じるつもりであった。

喧嘩が趣味のあいつにはさぞ興奮する相手なのだろう。


だが、バイコーンの首を落としたのは別の人物だった。


「大、切断っ!!」

「ああっ!?」


遺物大斧ヴァルギャリバーを振り下ろしたナンバラがあっさり倒してしまう。

闘うつもりであったグルジンはショックで固まった。


「仕事であるのを忘れるな。だから貴様はいつまでたってもクソビチグソの喧嘩バカと言われるのだ。このライオン男が」

「横取りしておいてあげくバカ呼ばわりか。斧女」

「斧女!? ナンバラは傷ついたぞ!」

「すまん」


涙目で逆ギレし始めるナンバラにグルジンは素直に謝罪する。


ナンバラの打たれ弱さは今に始まったことではない。口が悪いくせに反撃されると泣きそうになるのはいつも通りだ。ちなみに彼女も遊団長である。


「片付いたみたいじゃんか。いやぁ、活躍するつもりだったんだけどなぁ。終わったならしょうがないよなぁ」

「タキギ! 貴様、またサボっていたな!」


木陰から現れたのはタキギ遊団長。

漫遊旅団唯一の錬金術師にして器用なくせに恐ろしく不器用な男だ。


タキギが加わったところでネイがいつものように手を叩いて注視を促す。


「これで主は残り三体となった。そろそろアタシ達の島と呼んでも良い頃だろう。今回働いた者達はご苦労だったな。特別手当てを付けるつもりだから期待していていいぞ」


団員達は喜びの声をあげた。

そんな中、キアリス遊団長だけは俺を睨んでいた。


俺が集団から離れるとキアリスが見計らったように近づいてくる。


「いいきなものだな。何もせず高みの見物か」

「まだ納得してないみたいだな」

「確かに私は貴様に負けたかもしれない。漫遊旅団を作ったのが貴様であることも認めよう。だがしかし、率いるべきなのは貴様ではない。真のカリスマはネイ様だ」


彼は崇拝者だ。

ネイを心の底から尊敬し全ての頂点としている。


俺が顔を見せる以前から敵対心をむき出しにしていたそうで初対面の日に勝負を挑まれた。もちろん結果は俺の勝利。一度は納得してくれた彼だが、やはりというべきか不満が再燃しているようであった。


「団長にふさわしくないのは認めるよ。そもそもあんた達はネイに憧れて集った奴らだしさ。だけど俺にだって努力するくらいの時間はあってもいいだろ?」

「ふらりと現れたような貴様に思い入れなどあるのか?」

「あるさ。俺さ、この団かなり好きなんだぜ」


経緯はどうあれ今は俺がこの団のトップだ。

任された以上、何かを成し遂げてから退きたいのは我が儘だろうか。


それに言ったとおり俺はこの団が好きだ。面白い奴がいて、不思議な奴がいて、バカがいて、なんとなくだけど俺の団だなって妙な納得感もあったりする。居心地が良いって言うかさ。気に入っているんだ。


「だとしてもはっきり伝えておく。貴様ではネイ様の足下にも及ばない。あの方は貴様を同等かそれ以上のように扱っているが決して勘違いするなよ」

「肝に銘じておくさ」


キアリスは背を向ける。


「本気でやれば貴様に勝っていた。まだ負けていない」


そう言い残し去って行く。


俺の脳裏には木剣を地面に落とし悔しそうにする過去のキアリスの姿がよぎった。

プライド高そうだったから、条件をそろえてめちゃくちゃ手加減したんだけどなぁ。あれが悪かったのだろうか。うーん。でもさ、あまりに圧倒的だとそれはそれで文句言いそうだよなあいつ。


バイコーンの解体を始めた団員を眺めつつ、俺は部下との関係に悩むのであった。

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