222話 戦士はクソ野郎を地獄へ蹴り戻す5


 ザウレスは持てる力の全てを注ぎ込んで逃走を選択した。

 瞬時に勝てないと悟ったからだ。


 俺は一秒にも満たない時の中で回り込み、光の聖剣を振り下ろす。


「ぎゃぁぁああああああ!?」


 ザウレスの大剣を握った右手が宙を舞う。


 聖波動極大霊滅機二十七式の真の性能は引き出せていない。

 けれど、ただの武器でも一切問題がなかった。


 俺から発生した稲妻が右手と大剣を跡形もなく消滅させる。


 もっと魔力を吸収しろ。

 どうせ有り余っていて使い道のないものだ。


 俺の体にくっついているソレは、魔力を吸収することで威力を増大させていた。


「なんだ、痛みを感じるんだな」

「待て。話し合おうじゃないか。これまでのことは誤解なんだ」


 そういいつつ奴の足はじりじり下がる。


 稲妻が近くの地面を撃つ。飛び出したのはもう一人のザウレスだった。


 性懲りもなく保険をかけようとしたのだろう。

 俺の勝手に発生している魔法は見逃さなかった。


「精霊の目は欺けない、か」


 地上では逃げ切れないと踏んだ奴は空へと飛翔した。

 が、真上で発生した落雷が轟音と共にザウレスを地上へと落とす。


「あが、ひぎ、こんなはずでは……」


 煙を漂わせながら亡者のごとく這いずる。

 俺は散歩するように追いかける。


「近づくなぁぁぁああ!」


 背中から無数の触手が伸びるが横一線で切断。遅れて雷撃が消滅させる。


「たかが仲間が一人死んだだけじゃないか。どうしてそこまで怒るんだ」

「……あ?」

「ひぎゃぁぁあああああ!?」


 左足を切り落とす。雷撃が足を消滅させた。


 俺の怒りが理解できないのか?

 だったら教えてやる。その身に刻みつけてやるよ。


 俺は何度も何度もザウレスを聖剣で突き刺した。

 殺して欲しいと懇願するまでそう時間はかからなかった。


「と、とーる」

「セインか。まだ意識があったんだな」

「ころして……」


 雷撃でザウレスを消し飛ばす。


 ざぁぁあああ。


 雨が降り始め、俺は倒れた。


 全てを飲み込んでしまいそうな喪失感が支配し肉体から力を失わせる。

 闇がうぞうぞ這い上がり、眩しいほど輝いていたはずの光が飲み込まれて行く。


 ばしゃばしゃ足音が近づき、俺を誰かが勢いよく抱え上げた。


「トール様!? ご無事ですか!?」


 覗き込むのはマリアンヌ、それからモニカとアリューシャ。

 さらに遅れてネイにリンにピオーネがやってくる。


 ピオーネの腕には意識を失ったフラウが抱えられていた。


「カエデ、が」

「残念です」


 希望は摘み取られた。

 抑えきれない悲しみに人目もはばからず泣いた。




「――光が」


 誰かの言葉に反応し、俺は体を起こした。

 雲の切れ間から光が差し込んでいた。


 光のカーテンの中にゆっくり落下するものを見つける。


 それは人だ。裸の女性のようだが、その頭には狐耳があって、お尻からは白い尻尾が生えていた。


 俺は立ち上がって一郎に飛び乗る。


「走れ!」

「ぐるぅ!」


 一郎は猛然と駆けた。女性は眠ったまま落ち続ける。

 俺は逸る気持ちを抑えた。


 あり得ない。でももしかしたら。


 俺は一郎から飛び降りて女性を両手で受け止めた。

 陽光に照らされた白髪の女性は、長いまつげを揺らし大きな目を開く。


「ご主人様」

「カエデ」

「戻ってきてしまいました」

「お帰り」

「約束は守れそうです」

「ずっと一緒だぞ」

「愛してます」

「愛してる」


 彼女の唇へ唇を重ねた。



 ◇



 私は星空に囲まれた真っ暗で広大な空間を漂っていた。

 どうやってここへ来たのか思い出そうとする。


「禁術を使い自爆したはずでは」


 そう、私は死んだ。

 ここは死後の世界でしょうか。


 足下に地面がないことに気が付き、私は足をばたつかせた。


 落ちている感覚はない。

 水の中にいるような浮遊感があった。


 できればご主人様のもとへ戻りたいが、ここから戻るにはどうしたらいいのか。

 腕を組んで悩んでいると、声が聞こえた気がした。


「カエデさ~ん、どこですか~?」

「ここにいます」


 小さな粒が近づいてくる。

 それは近づくほどに輪郭をはっきりさせた。


 人のようだ。見知らぬ女性。いえ、どこかで会った気も。


 彼女は私の前で停止して笑顔を浮かべた。


「初めまして。トールの母です」

「ふぇ!? わ、私はカエデと申します!」

「うふふ、緊張しなくて良いのよ。貴方のことは知っているから」


 優しそうなオーラを漂わせるお義母さまは私の手を握る。

 柔らかくてすべすべした手にどきどきしてしまう。


 お義母さまが私の手を!


「まずはお茶でも飲みましょ」


 周りの景色が星空から室内へと変化した。

 だが、窓から見える外は先ほどまで見ていた真っ暗な空間だ。


 私とお義母さまは椅子に腰を下ろした。


「ごめんなさいね。中途半端に育てちゃったから苦労してるでしょ」

「いえ、ご主人様は素敵なご主人様です」

「あらあら、本当に良い子を見つけたわね。生まれてくる孫が楽しみだわ」

「そんな子供だなんて。お義母さま気が早いです」


 恥ずかしくなって顔が熱くなる。


 嬉しい。ご主人様のお義母さまに認めていただけるなんて。

 でも、ここがあの世なら、子供どころかもうご主人様とは会えないのでは。


「あの、ここはどこなんですか」

「狭間の世界――この世とあの世の中間にあたる場所。私達は超特殊次元と呼んでいるわ」

「それってもしかして情報集積庫がある」

「望めば行くこともできるわね。資格のないものには立ち入りは許されていないみたいだけど」


 さらりと重大情報を提供してくれる。

 私は苦笑いしつつ質問した。


「資格とは?」

「自力でここへ来られる者。すなわち高次へ至りし者よ。実際にはいくつか入館方法があるようだけど、トールにできそうなのはこれね」

「もしかして全ての古代種を殺す必要はないのですか!?」

「集積庫へ行って書き込みを消すだけで解決よ。もちろん言うのは簡単、そこまでには長く険しい道のりが待ってるでしょうね」


 それを聞けて私は内心で胸をなで下ろした。

 ご主人様の手を汚さずに済む。


 ネーゼさんに真実を明かされた時は、ご主人様よりも私の方が激しく動揺していた。一億四千万もの人間を殺すなんて普通の精神ではできない。もし完遂してもご主人様の心は壊れていたに違いない。


「道を示してくださり感謝いたします」

「その為に呼んだもの。さ、飲んで」


 お義母さまはいつのまにかお茶を淹れていた。


 どうやら紅茶のようだ。

 華やかな香りを楽しんでから一口。仄かに甘く心が落ち着いてきた。


「その、ご主人様のもとに帰る方法とかあったりしますか?」

「カエデさん勘違いしてるわよ。貴方、死んでないから」

「え? 死んでない?」

「消滅する瞬間にここへ引っ張り込んだのよ。じゃないと本当に死んでたでしょうから」


 私……生きてるの?


 嬉しい。ご主人様とまた会える。


 しかし、そのようなことができるのなら、どうしてお義母さまはご主人様とお会いにならないのか。


「ここは生身の人間が長時間いられる場所ではないのよ。緊急措置で助けたけど、本来は助けるどころか干渉することすら禁じられているの」

「もしや大変なご迷惑を!」

「違う違う。私達で決めたルールの話だから。今回に限っては許可を貰ってて――ほら、見て」


 彼女は窓の外を指し示す。


 ガラスを隔てた向こう側では沢山の人達が、ボードに乗って泳いでいたり、本を読みながら漂っていたり、ぬいぐるみを抱えて寝ていたりと、自由気ままな光景が目に入る。


「肉体から解放された状態だと精神に変化が起きるのよ。時間の感覚がひどく曖昧になって生も死もどうでもよくなるの。最低限のルールとして現世には関わらないことにしてるだけ」

「そうなのですか」

「ああなっても子孫には気を配っているのよ。だから一度だけの特例として認められたの。あら、そろそろ時間のようね」


 いつの間にか私の体は光に包まれていた。


「まだ聞きたいことが沢山あるのですが」

「ごめんなさいね。せっかく会えたのに満足にお話しもできなくて。息子のことをよろしく頼みますね」

「はい! 任せてください!」

 

 私は消えながらお義母さまへ強く返事をした。

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