51話 戦士は死霊使いと戦う


 どぼん。どぼん。

 カエデがニコニコしながら食材を鍋に投げ込む。


 紫色の草。

 不気味な人型の野菜。

 正体不明の肉。


 ぱたん。蓋が閉じられる。


「もうすぐできますからねご主人様」

「ああ」


 こくりと頷く。


 だが、調理を見守っていたポロアとリンは青ざめた顔だ。

 心なしか器を持つ手が震えているようにも見える。


「ぷふっ、あんた達もしかして怖がってるの? カエデの料理はああ見えて美味しいのよ」

「料理くらいで、ビビるわけないだろ! ちょっとあれだ、奇抜過ぎて驚いただけだ!」

「わたしは怖いにゃ。色からしてやばそうにゃ」


 わかる。非常にわかる。

 カエデの料理は初見だと心底怖い。


 食材を説明されても毒にしかみえない。


 だが、見た目はともかく味は折り紙付きだ。


 今となってはウララがどのように調理を指導したのか謎である。

 正確に作っているのか、はたまたカエデのセンスで変質しているのか、全ては謎のままだ。


「そろそろ毛並みを整えてあげるわ」

「いつもありがとうございます」


 フラウが櫛を取り出しカエデの尻尾をすいた。

 荒れていた毛が流され美しく整う。


「ちょっと、邪魔しないでよ」

「きゅう」


 フラウにかまってもらおうとパン太がちょっかいを出す。

 そこでカエデに捕まり腕の中に収まった。


 パン太は目をとろーんとさせて大人しくなる。


「なんか家族みたいなパーティーにゃ」

「そうか?」

「ウチも仲は良いけど、ここまでまったりしてないにゃ。見てると眠くなってくるにゃ」

「僕は気に入らないね。冒険者のくせに気が抜けすぎだ」


 ポロアは未だに俺達のやることなすこと全てに納得がいかないようだ。

 炎斧団フレイムアックスの副リーダーを務めているからなのか、常識的なことに厳しい印象だ。


 対してリンは細かいことにこだわらないおおらかな性格だ。

 面倒事はポロアに押しつけ、自分は自由気ままにやりたいことをする。

 この道中でそんなシーンを散々見せられた。


 がさっ。


 ポロアとリンが音に反応して身構える。


「気にしなくていい。あれは俺の眷獣のロー助だ」

「「ロー助??」」


 長い体をくねらせロー助が姿を見せる。


 ここに到着した際に刻印から呼び出したのだが、どうやら二人はその場面を見ていなかったようだ。


「こいつがいるから魔物は寄ってこない」

「うえっ、蛇みたいだ」

「わたしもちょっと苦手かもにゃ」

「しゃ!?」


 ショックを受けたロー助は、悲しさから俺の腕の中で丸まる。

 物怖じしない子だが、蛇と間違えられるのは耐えられないらしい。


「さぁ、できましたよ」


 鍋が開かれ紫色のどろりとした液体が掬われる。


 やはり匂いはいい。

 強烈に胃袋を刺激する。


「うそだ……美味しい」

「信じられないにゃ」


 スープを口に入れた二人は、見た目とのギャップに固まっていた。



 ◇



 山脈に入って二日目。

 近道を通ってきた甲斐あって、予定よりも早く目的地へと到着した。


 そこは山脈の中央に位置する谷間の道。


 至る所にヒューマンの死体が転がり、激しい攻撃のあとが見て取れる。


 ここを通り抜けようとして魔族に襲われたのだろう。


「カエデ、敵の反応は?」

「複数あります。見えてきました」


 十人ほどの覆面をした魔族が崖から道へと飛び降りてくる。

 最後に現れた黒いローブを着た男が指揮官らしい。


「こんにちはヒューマン。ご機嫌いかがかな。もしやここを通りたい? 通してもらいたい? 見逃してもらいたい?」

「違うな。俺達はお前を始末しに来たんだ」

「始末とはずいぶんと大きく出た。ところでお前達は勇者か? どこの誰なんだ? ただのヒューマン? 違うのか?」


 ボロボロの黒いローブを身に纏った男は、痩せこけていて目がくぼんでいた。

 言動も挙動も不自然で不気味だ。


 杖を持っているので魔法使いであることだけは辛うじて分かる。


「ポロア、リン、お前達は下がっていろ」

「やれるのか。相手は魔族の魔法使いだぞ」

「言ってくれれば協力するにゃ」

「いや、俺達だけで充分だ」


 ポロアは「援護くらいはしてやる」と後方へ下がった。


 さて、三人目の魔王の配下だが、どの程度なのか見させてもらおう。

 すらりと背中から大剣を抜き放ち構える。


「お前ロワズだよな。一つ聞いていいか」

「敵との会話は好かぬが、情報収集の為にやむを得ぬか。一度だけ許す、その代わりこちらの質問にも答えろ」

「どうして街道を塞ぐ」

「勇者を待っているのだ。魔王様を殺そうとする魔族最大の敵を」


 そういうことか。

 魔族は勇者を直接狙いに来ているんだな。


 たぶん、もっと早く殺したかったが、セインの活躍が聞こえてこないので居場所を見つけられない、そんなところだろう。


 なんの因果か、俺もお前と同じで勇者を殺したいんだよ。


「今度はこちらの番だ。勇者はどこにいる」

「知らん」

「質問を変えよう。我らが同胞、魔王様の配下を殺したのは誰だ」

「俺だ」


 魔族がざわつく。

 ロワズも予想外だったのか後ずさりした。


「貴様、何者だ!」

「ただの戦士」

「嘘つきめ! もういい、やってしまえ!」


 暗殺者らしき十人がナイフを抜く。


 散開した奴らは、それぞれ違う方向から攻撃を開始する。


「ウィンドスラッシュ」


 どさどさ。

 魔族は風の刃によって切断された。


 鉄扇を優雅に構えるカエデに敵はたじろぐ。


「ブレイクハンマァアアア!」


 フラウのハンマーが敵に直撃、弾き飛ばされた相手は壁面へとめり込む。

 さらに高速旋回し、次々に片付けて行く。


「あとはお前だけだな」

「あれらは所詮使い捨ての道具。ロワズの本領は兵が死んでからにある」


 殺したはずの魔族の兵がゆらりと立ち上がる。


 さらに周辺に倒れていたヒューマンの死体も起き上がり、五十人以上に囲まれた。


 噂に聞く死霊魔法か。

 死体を操り従わさせる忌み嫌われた魔法。


「くそっ、近づくな!」

「気持ち悪いにゃ!」


 ポロアは弓で距離を取って戦い、リンは格闘で死体を寄せ付けない。


 大丈夫だと思うが、一応護衛を付けておこう。

 刻印からロー助を出し、二人を守るように命令する。


「いかがいたしますかご主人様」

「命令してくれれば片付けるわよ」

「俺がやる。二人はアイツが逃げないように見ててくれ」


 大剣を正眼に構え呼吸を整える。


 竜騎士とグランドシーフを同時使用。

 さらにアリューシャから学んだ動きを併用し斬る。


「はぁっ!」


 死体の反応速度を遙かに超え、次々に両断する。


 正確に言えばロワズの反応速度か。


 一人残されたロワズは後ずさりする。

 勝ち目はないと判断したようだ。


「アイスロック」

「ひぃ!?」


 がちん、奴の足が凍り付き逃げることすらもできなくなった。


 俺は一歩ずつ近づく。


「来るな! 来るんじゃない!」

「心配するな。セインは俺が殺す。だから安心して逝っていい」

「ちがっ、そんなことを言いたいんじゃ――」


 一閃。宙にロワズの頭部が舞う。


 静かに剣を鞘に収め振り返ると、ポロアとリンが目を点にしてこちらを見ていた。


 二人とも武器を持ったまま固まっている。


「どうした?」

「あのさ、本当にレベル50?」

「そうだ」

「絶対嘘にゃ。偽装か何かで誤魔化してるにゃ」


 うっ、バレてる。

 やっぱ分かる奴には分かるよな。


 帰り道、やはりポロアとリンは恐ろしいほど静かだった。




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