46話 戦士、エルフの里へ行く6


 ホワイトゲーターが俺に噛みついた。


 鋭い牙が食い込み、万力のような力で皮膚を食い破ろうとする。

 気分的には沢山のツボ押しで挟まれているような感覚だ。


 それなりに痛い。


「トール殿!!」

「ん?」

「どうして返事が軽い!?」


 アリューシャが飛び出すかと思うほど目を見開いている。


 レベルを知らない奴からすると、この光景は背筋が凍るような光景に違いない。

 カエデもフラウもまったく心配していないのか、輝鉱石ばかりのんびり見物している。


 二人は決して俺をどうでも良いと思っているわけではない。


 子猫に噛まれて心配する奴はいない、そんな感じだろう。


「よっこらしょ、と」

「グガッ!?」

「トール殿!??」


 強引に奥へと進み喉の中へと潜り込む。


 狭いな。この辺りが胃袋か。


 剣を胃袋の内壁に突き刺し、一気に内側からかっさばく。


 お前に恨みはないが、これもエルフの為だ。

 それと今晩のご馳走になってくれ。


「うえっ、くせぇな」


 中から肉を割って這い出る。


 体に血液が滴り、ゲーターの粘液がべっとりと付いていた。


 もうちょい綺麗に倒せば良かった。

 この勝ち方は失敗だったな。


 ホワイトゲーターは裏返りピクピクしている。


「なぁアリューシャ、ここで水浴びってしても良いか?」

「かまわないが……」

「うし、それじゃあ遠慮なく」


 剣を鞘に収め、服を脱ぎ捨てる。

 それから池の中へと思いっきり飛び込んだ。


 うひぃ、冷たくて気持ちいい!


「あは、あはははははっ!」

「どした?」

「トール殿は何度だって驚かせてくれるな! この魔物は何人ものエルフを食い殺してきたここの主なんだ! それを簡単に殺したかと思えば、いきなり全裸になるとは! 笑わずにいられようか!」


 アリューシャは地面を叩いて大笑いしている。


 そんなにツボにはまったのか。

 こんなことが面白いなんて、エルフって変わってるな。


 どぷんっ、池の底まで潜ってみる。


 いくら長命な亜種でも、こんなところで餌もなく生きるのは難しい。

 どこかで食事をしているハズなんだ。


 底に到着すると、横穴があることに気が付く。


 奥へ進めば長いトンネルが続いていた。


 不意に開けた空間へと出る。


 上からは光が降り注ぎ、水面が揺らめいていた。

 周囲には水草が覆い尽くし、時折目の前を魚が泳いで行く。


 なるほど、ここから外へ繋がっているのか。


 俺は仲間のいる場所へと戻ることにした。





「この近くに湖ってあるか?」

「一つある。ヒューマンによれば美味い魚が捕れるそうだ」


 こことその湖は繋がっているのだろう。

 じゃあこの池は主のねぐらだったんだな。


 ゲーターをマジックストレージに収納する。


 里に帰る前にバラしておきたい。

 エルフは肉を食わないので解体作業は苦手らしい。


「どういうことだ! レベルが上がっている!?」


 ステータスを確認したアリューシャが驚愕する。


「いくつになったんだ」

「44だったはずが、120に!」

「たぶんそれ、俺が原因だ」


 アリューシャを仲間と認識してたから、経験値が彼女にも流れ込んだのだろう。


 一応俺達のも確認する。


 俺:300→301

 カエデ:260→271

 フラウ:220→243


 経験値的にかなり美味いやつだったようだ。


「ご主人様! スキルが!」

「まさか」


 Lv 271

 名前 カエデ・タマモ

 年齢 15歳

 性別 女

 種族 白狐

 ジョブ 魔法使い(奴隷)


 スキル 

 鑑定【Lv15】

 詠唱省略【Lv20】

 命中補正【Lv20】

 威力増大【Lv20】

 癒やしの波動【Lv20】


 どうやら……スキルの限界を破壊したらしい。

 ただし、俺と違い再設定された上限は20のようだ。


 フラウもステータスを見ながらぼんやりしているので覗く。


 Lv 243

 名前 フラウ

 年齢 28歳

 性別 女

 種族 フェアリー

 ジョブ 

 鍛冶師

 巫女(奴隷)


 スキル 

 攻撃力増大【Lv20】

 俊敏力増大【Lv20】

 看破【Lv20】

 成長の祈り【Lv20】


 こっちもか。カエデと違ってスキルの数が少ないので、全てがMAXまで上がっている。さすがのフラウさんも驚きを隠せないようだ。


「スキルがおかしい!」

「あ、うん。そうだな、おかしいな」

「見てくれ! スキルレベルが!」

「スゴイナ、オメデトウ」


 アリューシャの訴えを流して早く帰ろうと急かす。


 説明すると長くなるし面倒なので無視。

 アリューシャのレベルが上がった、それだけでこの話題は終了だ。


「きっとこれは森の神からの贈り物に違いない!」


 最終的に彼女はそう結論づけた。



 ◇



 里へ帰還した俺達は、食事もほどほどに塔へと籠もる。

 報酬であるスクロールを選ぶ為だ。


 膨大な数があるので早めに欲しいものを選んでおかないと、いつまで経ってもここから旅立てない。


 まぁ、過ごしやすくなってきたので、何ヶ月いても良い気はしているが。


「とりあえず鑑定は五個もらおう」

「それだけでいいのか?」

「ウチにはカエデがいるしな。それと水中呼吸のスクロールも六個もらう」

「ここでは使わないだろうからあるだけ持っていけ」


 言葉に甘えて水中呼吸のスクロールは十五個もらった。


 他の棚でもカエデとフラウがめぼしいスクロールを選んでいる。


 フラウがスクロールを持って飛んでくる。


「言われてたメッセージのスクロールを見つけたわよ」

「サンキュ、これでどこにいても安心だな」

「その、メッセージのスクロールとはなんだ?」


 興味津々のアリューシャに説明してやる。


 メッセージのスクロール――簡単に言えばいつでもどこでも使用するだけで、記憶にある人物へ一瞬で文章を送ることができるのだ。


 一方通行の機能だが、緊急時にはかなり使える。


「メッセージの総数はどの程度ある?」

「はっきり数えてないけど、数百はあるんじゃない。複数の棚を占領してたから」

「じゃあこれを三十持ってきてくれ」


 フラウは再び飛んで行く。


 しかし、よりどりみどりすぎて悩むな。

 どれを選ぶべきなのか考える時間が欲しい。


「すぐに決められないのならまた来ればいい。我々は大切な友人としていつでも歓迎するぞ」

「そっか、無理に今決める必要もないのか。ありがとアリューシャ」

「ふぐっ!」

「?」


 アリューシャは顔を真っ赤にすると、胸を押さえて部屋の外へと出て行った。


 なんだろう、体調でも悪いのだろうか。

 あとでカエデに癒やしの波動をお願いするとしよう。


「ご主人様、いいスクロールを沢山見つけましたよ!」


 カエデが満面の笑みで大量のスクロールを抱えてやってくる。

 部屋の隅にあるテーブルに置くと、一つ一つ説明を始めた。


「こっちが魔力吸収、こっちが安眠、これは食欲増進、それからこっちは部屋を一晩快適な気温にしてくれるスクロールで、これは方角と現在位置が分かるスクロールです」

「……ほとんどが不要だな」

「えぇ!?」


 安眠、食欲増進、快適室温は完全に俺の為だよな。

 気遣いは嬉しいが無用な物は持って行くつもりはない。


「それと魔力吸収もいらない」

「でも、もし魔力切れになったら」

「ずっと言いそびれていたんだが、俺には魔力貸借のスキルがあってだな、実はこれ俺と他者で魔力をやりとりできるみたいなんだ」


 レアスキルらしいのでカエデには使用方法が見えなかったようだが、これまでにそれとなく使って試していたのだ。


 結果判明したのが、他者との魔力のやりとりである。


 カエデと俺とでは、魔力は圧倒的に俺が上だ。

 もし彼女が魔力切れを起こしても、その場で貸し付けてやれば良いだけの話。


「じゃあ地図のスクロールだけですか」

「そうなるな。ところでその脇に避けているスクロールは?」

「へひゃ!? こ、これはその!」


 彼女はガバッと隠すようにスクロールに覆い被さる。

 怪しい、実に怪しい。


 鑑定のスクロールを取り出し確認する。


『嗅覚強化』


 ……なるほど。


 よし、見なかったことにしよう。




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