人龍①
「では改めて、自己紹介といこうか。僕はそちらの二人とはあまり話していなかったからな」
用意された馬車の中で、シロマは御者をしながらそう切り出す。
「まず僕から。シロマだ。部族名は既に捨てた。年齢は224歳で、ここの領地の相談役を先々代の頃からやっていた。人の世に降りてきてから100年程度は経っているので、そこそこ博識ではあるつもりだ。魔法も使えないことはないが、大人のエルフと同程度とは到底言えないのでな、あまり期待しないでほしい。どうぞ、よろしく」
そう言えば、まだ知らないことが結構あるな。ミルナは俺が龍殺しをしたことがあることや英雄であることを知らないはずで、傭兵にも英雄であることは知られていなかったはずだ。
ボリボリと頭を掻きつつ、少し面倒だが今更な隠し事をやめておこう。傭兵と共に吐いているミルナの命を守るための嘘は隠しておくが。
「俺は岩主カバネだ。シルシ開拓村の外れにあった石像から、こちらのニエに召喚されてこの世界にやってきた。そのあと龍殺しをしたあと、ミルナと傭兵と出会った」
「え……えええええ!? な、なんて!? 召喚!?」
ミルナは目を見開いて驚くが、傭兵は「やはりそんなものか」とある程度察していたような目を向ける。
「いや、いや……えええええ!? じゃあニエは私の妹!? お父様の庶子!?
「いえ……父親はちゃんといますよ。たまたま運で召喚出来たと言いますか……」
「そ、そういうものなの? 運とか、そっち系のアレなの!?」
混乱するミルナにシロマは馬の方に意識を向けながら語る。
「まぁ、いわゆる時空系統魔法の素養と英雄の石像があれば英雄の召喚は出来るからな。運と言えば運だろう。多少血筋として魔法使いが混じっている可能性もあるが」
「……えっ、私って魔法使いになれるんですか?」
「そりゃそうだろ。世界移動なんて魔法を使えているのだから、生半な才能とは言い難い」
シロマは「今更何を言っているのだ」とばかりに言うが、俺も初耳だ。……つまり、ニエはただの優しい美少女ではなく、魔法少女だった……?
フワフワのロリータ服を着て杖を持っているニエを想像していると、ミルナが立ち上がって御者台の方に向かう。
「わ、私は、私はあるの!? 時空系統魔法の素養!」
「ん? いや、見ただけでは何とも……魔力感知によほど優れていなければ分からないぞ」
「ど、どうやったら分かるの!?」
「……実際に時空系統魔法を使えるか、とか? そんなに慌ててどうしたんだい?」
シロマが尋ねると、ミルナは少し落ち着きを取り戻して改めて自己紹介をする。
「あ……私は、レインヴェルト王国第六王女のミルルーナです」
「第六王女? ……ん、ああ、なるほど。それでこれか」
シロマは頷く。
「時間があるときにでも魔法を教えよう。時空魔法も僕自身は使えないが、簡単な初級の物なら理屈は分かっている。古い術式でよければだがな」
「あ、ありがとう」
「ニエも覚えるか?」
「えっ……カバネさんの役に立てるでしょうか? その……元の世界に帰したりは……」
「そんなに難しい術式は知らないな。里のエルフなら知っているかも知れないが……。と、どうにも話がズレたな」
シロマは傭兵に目を向ける。
「ん、俺か? 俺は騎士団の三番隊隊長をしている……まぁ名前はいいか。偽名代わりに傭兵と呼んでくれ。大抵のことはこなせるから、まぁ雑用でもしておく」
「ふむ、よろしく」
最後にニエの方に視線が向く。ニエのことは既にみんな知っているので改めて自己紹介をする意味はないが、ニエはパタパタと生贄装束を動かし、照れ臭そうに口を開く。
「えっと、カバネさんの生贄のニエです。シルシ開拓村から来ました。えっと……何も出来ませんが、頑張ります」
世界一かわいい。
自己紹介が終わると、微妙な空気が流れる。
改めて考えてみると、すごいメンバーのような気がする。一応王女とそのお付きの騎士、博識な長命種族の学者と、世界一の美少女と異世界からやってきた奴。
聞きたいことが多く、そのせいで微妙な空気になるのも仕方ない。
「……とりあえず、時間はあるんだ。ゆっくりと話していこうか」
一番年長者のシロマが落ち着いた声でそう言う。まぁ、たしかにそうだな。馬車旅だ、ゆっくりと話す時間はある。
◇◆◇◆◇◆◇
一日では次の街に着かなかったので野宿をすることになる。馬車の中は以前のものよりも広いが、五人全員が横になれるような大きさはないので、女性三人が中で寝ることにした。
傭兵は疲れていたのか、いびきをかいて寝だしたので仕方なく俺が起きて見張りをすることにする。
まぁ昼間に寝たのでそれほど苦痛でもない。
知っている星座などはなく、異世界であることを自覚させられるような夜空を見ながら、空気に溶けきらない気がする吐息をふぅと吐き出した。
そんな小さな音の後、馬車から人が出てくる音が響く。
「……ミルナか。寝ないと身体が保たないぞ」
「……ちょっと寝れなくて、そっち行ってもいい?」
「ん、ああ……暗いからゆっくりな。肌寒いだろ、火も付けるか」
「大丈夫よ……って、わっ!」
小石に蹴躓いたミルナを抱きとめる。
「大丈夫か?」
「……え、ええ。ありがとう。カバネ」
「別に礼はいい」
ぬるい夜風の心悪さはどこの世界でも大した変わらない。
「カバネは、優しいね」
「こんなものだろ。誰でも」
「ううん。こんな会ったばかりの人にここまでしてくれるような人、他にはいないよ」
「……ニエの方がよほど優しい」
「そうだとしても……。どうしてそんなに優しいの?」
優しいつもりはない。普通に人間らしく振る舞っているだけだ。
……そう振る舞えるようになったきっかけは確か。
塩で握ったおにぎりの味を思い出して、ミルナの問いに応える。
「優しくされたことがあるんだ。俺の世界で誰かが「愛されたことがないものは人を愛せない」だとか何とか言っていたんだが、その逆で……人に愛されたことがあるから人を愛せるんだと思う」
俺の言葉にミルナがクスリと笑う。
「愛って、似合わないこと言うんだね」
「……ほっとけ」
「からかってるんじゃないよ? 素敵だなって」
俺が膝を付いてその上に手を乗せて不満げにしていると、ミルナは夜風に溶けるような声で再び尋ねる。
「ねえ、カバネ……カバネの家族はどんな人だったか聞いていい?」
「……別にいいが……面白くはないぞ?」
「聞きたいの」
そうは言っても、話せるようなことがあっただろうか。
……まぁ、元の世界では到底話せないような家族だったから、こんな世界だからこそ話せるか。
「……家族と呼べるような人は、母しかいなかった」
「えっ、それは」
「別に父とは死別というわけじゃない。離婚したというのでもなく……。私生児、というやつだな。未婚の母が産んだ子が俺だ」
驚いたようなミルナの顔。この世界の貞操観念や結婚の感覚は分からないが、少なくとも育ちの良いミルナには驚くような内容だったのだろう。
「……優しい、お母さんだったの?」
その問いに少し息が詰まる。
「……いや、考え方によるだろうが、あまり良い母親と呼ばれる人ではなかったと思う。父親は分からないらしい。俺が幼い頃から多くの男と関係を持っていたから、まぁ本当に分からなかったんだろうな」
改めて話してみるとロクでもない母親だ。知らない父親もおおよそロクでなしだろうが。
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