誰かの祈りに応えるものよ⑤

 しばらく歩くが、一向に森を抜けられる気配がない。

 無言で歩いていて、ほんの少し気まずさを感じたが……話題がない。

 地球でも女子と話すことなんてなかったし、異世界の少女相手に気の利いた会話が出来る気がしない。


「あの……カバネさん。これからどうするんですか?」

「領主と話して仕事をもらえないか交渉するつもりだな。生活環境が変わって負担もかかるだろうから、あまり無理せず辛いときは辛いと言えよ」

「……カバネさんに恩を返したいのに、恩が増えていくばかりで辛いです」

「いや、俺の方がもらってばかりだろ」

「龍を倒したのにですか」

「龍よりもニエの方がよほど価値がある。俺はそう思っているからな」


 納得しているのか、していないのか。ニエの複雑な表情を見ながら、続けて言う。


「俺はニエと出会って幸せになっている。それじゃダメか?」

「ん、んぅ……わ、私の方が幸せですから……ダメです」


 ニエは顔を真っ赤にし、俺の服を摘みながらそう言う。

 俺は何も言い返すことが出来ず、またもニエとの口論で言い負けた。


 何か言葉を探している途中、バキ、と枝が踏み割れる俺が聞こえた。


「ッ……獣か?」


 短刀を握り締めつつ音の方へと振り向けば、人型の何かが見える。他の旅人……いや、遠いせいで見えにくいが身体が大きすぎる。


 何だあれは、そう思っていたら、ニエが俺の手を引く。


「ゴーレムですっ! 逃げましょう!」

「……ゴーレム?」

「魔物です! 土の塊で、幾ら攻撃しても効かないらしいです!」


 何だそれは。そうは思いながらも、わざわざ戦う必要もない。ニエの持っている荷物を奪って、ニエのすぐ後ろに付きながら走る。


 ゴーレムは足は遅いらしく、ニエの駆け足と同じぐらいだ。

 これなら問題なく逃げきれそうだと思っていると、「あっ」というニエの声が森に響いた。


 岩に躓いた。雨で濡れた地面に顔から突っ込む。引き起こそうと思ったが、その間もなく人型の何かが近づいてきていた。


「……ッ、ニエ。大丈夫だ」


 息を整えながら短刀を引き抜く。妙な錆が付いて赤くなっているが、ぶん殴る分には問題ないだろう。


 整えようとした息が詰まる。

 それは獣ではなかった。もちろん人でもなく、生々しさや熱を感じられない土の塊だ。


 人が鎧を纏うように土塊を纏っているのではない。目や呼吸器を出すための穴が見当たらず、それどころか関節にすら違和感を覚える。


 異様な姿の土の人形と相対し、逃げたいと考える気持ちを排除して短刀を構える。……生き物なら、殺せば死ぬだろう。


 少し俺よりも大きい程度。まともな知性がないのか真正面から俺に向かって腕を振るい、俺はそれを短刀で受け止めようとした瞬間のことだった。


 チッ、と発火する音が耳に響く。想像していた衝撃よりもよほど軽い感触と、肌を焼く熱量。


 ゴーレムの腕が燃えている。龍のようにそういった魔法を使うのかと思っているとそういうわけではないらしく、ゴーレムは燃えた腕をもいでその場に捨てる。


「……何だこの生き物は」


 腕が千切れたが出血の様子が見えず、それどころか皮膚や肉もない。燃えている腕からも焼けた土の匂いしかしない。


 何故燃えたのかも分からないし、分からないこと尽くしだ。


 腕が千切れたせいで上手くバランスが取れないことに気がつき、ゴーレムの身体の揺れに合わせて踏み込み、そのまま短刀で首を跳ねる。


 その瞬間に再びゴーレムが発火し、頭を無くしたまま辛そうにもがく。


 ……これ、まさか……そう思いながらゴーレムの腹に短刀を突き刺すと、ゴーレムの腹が発火し、火に包まれたゴーレムがその場に倒れ伏す。


 近くにあった枯れ枝に切っ先を当てると、ゴーレムの時と同じように発火する。


「これは……。いや、今はそれどころじゃない」


 転けて倒れていたニエは全身を泥だらけにして、ぼーっと俺を見つめていた。


「大丈夫か?」

「……カバネさん、魔法使いだったんですか?」

「いや、あれは……俺もよく分からない。それよりも……怪我は、なさそうだな」


 雨でぬかるんでいたおかげで泥だらけになっただけで済んだらしい。

 良かったと胸を撫で下ろしながら、ニエの手を引いて立ち上がらせる。全身にべったりと泥が付いており、このままの格好で歩かせるわけにも以下なさそうだ。


「……多分近くに川があるから、少し洗うか」


 ニエはコクリと頷いて、俺に手を引かれるまま川の方に向かった。


 川につくと、ニエはべったりと土の付いた白い上着を脱いで、落ち込んだようにため息を吐く。


「……これ、絶対落ちないです……」

「あー、まぁ、仕方ないだろ」


 中の普段着にはあまり泥は付いていないらしい。ニエは手足を川で洗った後、泥が付いた白い服を川に付けて、やはり落ちない泥に落ち込んだ表情を見せる。


「……泥、落ちないです。生贄なのに、こんな泥のついた服……」

「あー、ある程度余裕出来たら買おうか?」

「……お願いします。あまりワガママは言いたくないのですが、背に腹は変えられません。このままだと、生贄としての誇りに泥が付いてしまいます」


 ……生贄としての誇りってなんだ。


 近くにあった枝を拾ってみるが、どれも湿気ていて焚き火には仕えなさそうだ。……いや、

 ニエは一部茶色くなった白い服を木の枝に引っ掛ける。


「ちょうどいい時間だし、何か食べるか」

「あ、はい。えっと……どうします?」

「パンらしきものがある。あと野菜と肉があるから、適当に焼いて食べよう」


 集めてきた枝に、短刀の刃をツンと付けると枝が発火する。

 ……便利だな、これ。


 思考を放棄して、適当に肉と野菜を焼く。


「ニエ、好きな食べ物はあるか?」

「んぅ……甘い物は好きですよ」


 この食料の中で食べたいものはあるかという問いのつもりだったが、まぁいいか。


「カバネさんは好きなものあるんですか?」

「俺か? …………あー、おにぎりとかかな。塩握り」

「おにぎり?」

「米を炊いて握ったもの。米とかないのか?」

「すみません、ちょっと分からないです」


 このパンの材料である小麦と同じイネ科の植物だし、あってもおかしくはないな。まぁどうしても食べたいってわけではないのでどうでもいいか。


 一度しか食べたことがないが、特別に美味かったような気がする。

 二人でもぐもぐと昼食を終えて、ニエは乾いた白い服を羽織る。


「よし、行くか」

「はい」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ……海鳥の足運び……妙な名前の店だと思ったが、異世界の文化なんて分からなくて当然だ。

 そう思いながら店の前に来ると、その命名理由がなんとなく分かった。


「……酒場じゃねえか」

「酒場ってなんですか?」

「酒を中心とした飲食を提供する場所だ」


 頭を掻いてから酒場を見つめ直す。昼間だが空いて

 はいるらしく、客の姿はまばらに見える。


 席は空いているし、ユユリラが馴染みの店だと言っていたので迷惑がられることもないだろう。

 ユユリラの方が先に到着していてもおかしくないしな。


 中に入ると少し酒の臭いがするが、それほどキツイわけでもない。微妙に曇った空気を感じながら軽く店内を見渡してユユリラがいないことを確かめながらカウンター席に座る。


「……注文は?」

「軽くつまめるものを。あと、酒気のない飲み物」

「……うちは酒場だよ」

「見れば分かる。ユユリラって冒険者がここを馴染みの店だと言っていたんだが、アイツは来ているか?」

「あれの知り合いか。……夜には帰れよ」


 まだ着いていないらしい。まぁ幾らあと二、三日はかかるか。

 欠伸をしながら奥に見えた調理場に注目すると、めちゃくちゃ執拗に揚げ物をしているのが見えた。


「……ニエ、こういうところってきたことあるか?」

「い、いえ、村から出たことはなかったので」


 ずいぶんと火を通している。そういえばニエの料理も揚げ物ではなく煮る料理だったが、かなり強く火を通していたな。

 てっきりニエの癖のようなものかと思っていたが、そういう文化なのだろうか。


 火をかなり強く入れる文化というのは地球では珍しかった。強く加熱するには火を起こすための薪も多く使うし、味と栄養は落ちる。

 基本的に利点はないので産業革命後のイギリス料理ぐらいでしか見られない調理方法だ。


 工業地域と農地が離れているため工業地域では新鮮な食品が得られないことや、衛生観念の発達などにより、多少古くなった食品でも腹を壊さないように過剰に加熱するようになった。


「……普通に農地はあったよな」


 街の周りにあった大規模な農地を思い出す。

 どれほどの収穫量があるのかは分からないが、さほど人数が多いわけでもないこの町からすれば十分に思える。


「ニエ、料理は誰に習ったんだ?」

「えっ、お母さんですよ?」

「そうか」


 イギリス料理に似た料理文化だが……どうにもその時期のイギリスよりも他の文化が送れている。大量生産大量輸送なんてことはしていないし、新鮮な食品があるのに過剰な加熱をする必要はないはずだ。


 どうにも歪であり、俺は頭を抱える。


 ……食べたくねえ。


 好きな女の子の手料理なら、めちゃくちゃ火を通してあっても美味しく食べられるが……。知らないおっさんがしてたら不味いだけだ。

 なんでそんな旨そうな食材を黒く焦げるまで揚げるんだよ。


 色々とウダウダ考えていたが、単純に不味そうで嫌だった。


 カウンターに置かれた料理をつまみ、顔を顰める。不味い。


 ……まぁ、それはともかくとしてこの食文化はすこしばかり不自然だ。

 根本的にこの調理を行う利点がない。


 昔、こういう調理方法をする必要があって食文化が残ったというところだろうか。

 産業革命に似たことが起きたが、その後こういう状況に戻った。……龍は子を産むサイクルが遅そうだが、人間に対応した進化をしている。


 地球よりも技術は劣っているが、人類の歴史は地球よりも遥かに長い可能性がある。


 ……料理を食べたくなさ過ぎて変な考えをしてしまった。調味料は自分で掛けるという方式らしく、塩を掛けてから、揚げすぎている魚を食べる。不快な食感がする。


 過剰な加熱をするにしてもニエの料理は案外食感とかは悪くなかったからな。これにはニエの料理にはない調味料があるが、それでも誤魔化せないぐらい食感が悪い。


 ニエは気にした様子もなく食べて「美味しいですねー」と笑みを浮かべているので、きっとこの世界ではこういうものなのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る