誰かの祈りに応えるものよ④

 ヘタれた。

 自分の欲に従うことすら出来ず、かと言って高い規範意識から我慢したものでもない。

 魅力的に感じすぎ、あまりの緊張で何も出来なかっただけのことである。


 一緒のベッドで寝たが、それもお互いベッドの端に寄っていたため何もあるわけでなく終わった。

 もはや後悔しかない。


 気持ちよさそうに寝ているユユリラを他所に、俺とニエは二人で村人に別れの挨拶をしにいく。

 井戸の前でペコペコと頭を下げながら挨拶していくニエを遠くで見ながら、面白くないと思うが……仕方ない。


 最後まで村人達に邪険にされているのは見ていて心苦しい。……ニエが優しいからと言って傷つかないなんてわけではないだろう。


 家に戻るとユユリラがバタバタと身体を動かしていた。


「んー、よく寝たッス。さあ、行くッスよー」

「……ああ」

「……はい」


 俺とニエのグッタリと落ち込んだ様子に、ユユリラは不思議そうに首を傾げる。


「あれ、まだ怪我の具合が良くないッスか?」

「……まぁ、一日二日ではな。少しマシにはなったが。武器もないし、戦えないから獣が出たら任せるぞ」

「了解ッス。嬢ちゃんの方はどうッス?」

「ただの寝不足なので、お気になさらず」


 幸先の悪い状況だと思いながら、龍の死体の方を一瞥する。


「あ、近くの街に着いたらアレの回収の依頼を組合に出すつもりだけどいいッスか?」

「死体の? ああ、何か使い道でもあるのか」


 独力だと退かすことも解体することも出来ないし、多少村から離れた儀式のための場所にあるので放っておくつもりだったが、使い道があるならそれでいいか。

 腐らせて疫病が発生してもいい気分というわけでもないしな。


「まぁ、何かあるかもッスし、ないかもッス。まぁ使い道がなくても好事家が高い金を落としてくれると思うッスよ」

「……金があるに越したことはないな」


 改めて出発しようとすると、道がなくなっていた。


「……は?」


 と、ユユリラが呆気に取られる。

 龍が燃やしたせいで木の根っこによる土を絡めて保持する力がなくなっているところに大雨が降ったことで大規模な土砂崩れが発生したらしい。


「……通るのは無理だな。崩れた泥の上を歩くのは危険すぎる」

「マジッスか」


 二次災害……いや、三次災害か。

 こうやって改めて見返してみると、とんでもない規模の破壊だ。これが一匹の生物が引き起こした事態だというのは、俺の知っている常識から大きく外れている。


 ……俺、よく生き延びたな。大半の時間はただ逃げ回っていただけだが、同じことをもう一度やれと言われても絶対に断る。殺さないとニエの身が危ない場合がまた来ない限りは、もう二度と龍とは戦わない。


 ユユリラに目を向けると困ったように頰を掻いていた。


「別の道はないのか?」

「んー、ないことはないんスけど、遠回りになるッスし、今日中に街に着くのは無理そうなんで……。龍の死骸の回収も街で頼みたかったんスけど、遅くなると困るッスし……やっぱりここを突っ切った方が……」

「……ニエには歩かせられないな」


 面倒でも、体力の劣るニエでは歩けないような道だし、最悪再び土砂崩れが起きて巻き込まれる可能性もある。


「どうしても早く龍の死骸を解体する必要があるのか?」

「まぁそうッスね」

「……なら、一度別れるか? 俺とニエは別の道から街に向かうから、お前はこの道を突っ切る」

「んー、でも逃げられたら困るし……いや、どうかな……」

「子供を連れている怪我人が逃げられるわけがないだろ。そもそもこっちは飯を食うのにも困る状況だ。むしろはぐれることになったらこっちが困る」


 ユユリラはポリポリと頰を掻いてから頷く。


「んー、まぁ確かに。じゃあ、あっちの道を歩いたら一日二日で着くッスから、後で合流ッスね」

「ああ、合流するのはどこにする?」

「それはそっちの街にある【海鳥の足運び】って店でお願いッス」

「了解。ああ、食料と金をくれ」

「しゃーないッスね。逃げたりしたら酷いッスよ?」


 俺は頷いてからポケットから取り出した龍の鱗を渡す。


「それ、どれぐらい金になるのかは知らないが、逃げたら龍を殺した分を取りっぱぐれるだろ」

「まぁ……そっすね」

「お前の望みはなんだ? 俺はニエと二人で暮らせたらそれでいい」


 ユユリラは納得したのか、あるいは他に手がないと諦めたのか、小さく頷く。


「じゃあまた後日、集合ってことで」

「気を付けろよ?」


 ユユリラと一度別れてから別の道に向かう。

 村から伸びる木が生えていないだけの乱雑な道を前にして、ニエが俺の持っている荷物を引く。


「どうかしたのか?」

「あ、えっと、カバネさんは怪我をしてるので持とうかと……」

「大丈夫だ。というか、これはかなり重いぞ。保存食じゃなくて生だしな」

「重いなら尚更……」


 まぁ、怪我のせいでしんどいのは確かだ。一応は道のため普段の狩りのときよりかは歩きやすいが、一歩歩くごとによく分からない場所の骨折に響き鈍い痛みが走る。

 そうでなくとも全身は傷だらけでまだ塞がり切っていない裂傷や火傷が擦れて傷む。


 ……が、好きな子の前では格好つけたい。昨日、目の前で情けなく泣いたばかりではあるが。


「……それより、本当によかったのか?」


 村人達に疎まれて、生贄にまでされていたというのにわざわざ挨拶をして……最後の最後まで辛くなかったのだろうか。


「何がですか?」

「……いや、何でもない」


 不思議そうに首を傾げるニエを見て、その心の強さに見惚れる。

 優しい優しいとずっと思ってきていたが、その優しさは心の強さに裏付けられたものだったのかもしれない。


「……ニエはかっこいいな」

「えっ……そ、そうでしょうか」

「少し憧れる」

「それはその……買いかぶりです。そ、それより、荷物持ちますっ。私は元気ですから」


 ニエは耳を真っ赤にしながら、ぐいぐいと荷物を引っ張る。


「ニエ、まず先に言うと俺は格好付けの見栄っ張りだ」

「そんなことはないと思いますが……」

「いや、ある。それでな、女性に荷物を持たせる男は格好いいとは思えないから、荷物を持ちたい」


 ニエは俺の方を見て小さな手足を大きく動かして、俺の前に出る。


「私はカバネさんの生贄です。カバネさんがそう言いました。生贄が主人に荷物を持たせるのはおかしくないでしょうか」

「……知り合いに生贄いないから分からないな」

「生贄が生贄について言うんだから間違いないです」


 それはどうだろうか。まぁそこまで言うなら一つぐらいは大丈夫か。一番軽い荷物をニエに渡すと、満足そうに肯く。

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