誰かの祈りに応えるものよ

誰かの祈りに応えるものよ①

 濡らした布で顔を洗って頭を冷やす。

 さて、これからどうしたものか。


 龍を殺す準備のために時間を使ったので保存食はほとんど出来ていないし、出来たものも龍との戦闘の時に補充として食べてしまった。

 また何か動物を狩ってくるにしても、少し身体が怪我をしすぎていてまともに歩くことも難しい。


 食料の確保をニエに任せるわけにもいかないし、龍でも食おうかと考えているとコンコンと扉からノックの音が聞こえる。

 反応したニエを手で制しながら立ち上がって、扉を開ける。


 村人の誰かだろうと思っていたが、予想に反して知らない少女だった。村人とは明らかに違う、大きいぶかぶかな帽子に黒いローブに杖という格好。


 妙な出で立ちに多少警戒すると、少女は気の抜けた声で村の外れの方を指差す。


「ふむ、君ッスか。あの龍を討伐したという英雄は」

「……英雄?」


 俺の言葉に少女は不思議そうに首を傾げる。


「龍殺しの英雄ッスよ」


 ああ、そういう扱いなのか、龍を殺すということは。

 少し考えて、誤魔化すのは不可能なので小さく頷く。


 少女は感心したようにジロジロと俺を見た後、家の奥にいるニエに目を向ける。


「……お前は?」

「ん、ああ、失礼したッス。私は森の様子を探る依頼を受けてこの村にやってきた冒険者のユユリラッスよ」

「……はぁ、冒険者?」


 言葉の意味が分からずにニエの方に顔を向けると、ニエも意味が分からないのか、こてりと首を傾げていた。


 とりあえず敵意は感じられないので家にあげても問題はないと思い、中に通す。


「あ、悪いッスね。疲れてたんで助かるッス」


 ユユリラは遠慮する様子もなくパタパタと入り込み、椅子の上にどっかりと座り込む。


「すみません。今お客様にお出しできるものもなくて……」

「いいッスよ。あ、怪しいものじゃないッスよ。領主様から依頼を受けて森の様子を見に来たんスよ。まさか龍が倒されてるとは思いもしなかったッスけど」

「……依頼?」

「そうッス。突然龍が暴れて森が半焼したんで、様子を確認する必要があるってことで」


 半焼……まぁ結構燃えたか。

 ユユリラは俺を値踏みするように見て、小さく首を傾げる。


「でも、あんまり強そうに見えないッスね。魔力は人並み、武術の経験もなさそうに見えるッス」


 目立つのを避けるべきか、それとも喧伝していくべきか迷う。

 ……ニエとどこか別の地に行くには、目立ってでも龍を殺した英雄として振る舞う方がいいか。


 知らない世界でマトモに働けるとも思えないし、一人でニエを支えるのも難しいだろう。何より、ニエにひもじい思いはさせたくない。


 机の上に腕を置いて、反対にユユリラを値踏みするように見る。


 じとりとした半目、ローブの下は少女らしい格好らしい。森を歩くのには不向きそうに見えるが、それでも歩いて来られるだけの能力があるということなのか。


 ニエほどではないが小柄で、少女らしい少女だ。

 だが不思議と……『強い』と分かる。


 ゆっくり息を吐いて、小さく微かに口を開かせる。


「その魔力が多い人間や、武術の達人は龍が殺せるのか?」


 一瞬、ユユリラは呆気に取られたような表情を見せる。


「……殺せないッスね」

「なら、そういうことなんだろう。虫は人よりもよほど多くいるが、人よりも弱い。強さというのは生存することにおいてさほど重要なものではないからだ」


 身体が大きければ強いが、その分一度に作れる子孫は少ない上に成長に時間がかかり、食事も多く必要とする。強い、ことに対するデメリットは非常に大きく、龍も強いからこそ殺すことが出来た。


 ユユリラは俺の言葉を聞いて頭の上に大量のはてなマークを浮かべるような表情をする。ニエを見ると、彼女も首を傾げていた。


「えっと……つまり、どういうことッスか?」

「俺は弱いが弱い俺でも殺せるぐらい、比較的容易な殺し方がある、ということだ」


 こういう言い方が一番いいか。

 領主とやらからの依頼で来ている以上、その異変の原因である俺を無視して「龍が死んでました」なんて雑な報告はしないだろう。


 可能なら俺を領主の元に連れて行きたいと考えているはずだ。だが……それは俺の過大評価に繋がりかねない。強いと勘違いされて無理をさせられたら、今度こそ死んでしまいそうだ。


「……殺し方ッスか。なんでそんなの知ってるんスか?」

「龍を観察して見つけた」

「……にわかには信じがたいッスけど、現物がある以上は信じるしかないッスね」


 ユユリラは頷き「それでどうやるんスか?」と尋ねる。


「真似しようと? 勧めはしないぞ」

「……その言い方、真似が出来るやり方ってことッスか」


 今のは少し迂闊な発言だったか。いや大丈夫だな、もし全部バレたとしても元の知識量に差がある。重要なのは表面に出てくる知識ではなく、内臓にまで染み込むような知能だ。


 咄嗟の判断や戦闘中に知った情報の処理が遅れたら同じことは出来ない。しっかりと伝えるのならまだしも、表面的な話をなぞろうとも意味はない。


「まぁ知りたいというなら教えるが、それより先に本題はなんだ? おおよそ想像は付くが」

「ああ、そうッスよね。私と一緒に来てほしいんスよ。私は様子を見に行くだけの依頼で来たんスけど、流石に討伐した本人を放置ってなると信用に関わるんで。もちろん断られたらそれ以上の強権はないッスけどね」


 つまり、その依頼者である領主に合わせたいということか。領主がいるところとなると、少なくとも田舎ではないだろう。

 ニエの方を見ると、頭の上に大量のはてなマークを浮かべていた、可愛い。


「ふむ、まぁ領主様が会いたいと思っている可能性が高いなら、断る意味はないな」

「へ? ああ、いや、断られると思ってたんでビックリしただけッス。こういう偉業を成す人っておおよそ性格がねじ曲がってるッスから」

「……ああ、そう」


 まぁ本来なら取り合わないが、俺やニエに利益がある話だ。どういう街でどういう方法で働いているのか分からないが、ニエの面倒を見ながら二人分の生活費を稼ぐというのは難しいだろう。

 この村の村人は嫌いで、また長いこと暮らせばニエに対して酷い扱いをしてもおかしくない。


 そうなるとある程度、しっかりとした生活基盤がほしいが領主とやらの後ろ盾があればそれを得られる可能性は高い。

 このユユリラの反応から見て、森を半焼させたことよりも龍を討伐したことの方が大きいようだし、領主からの心証も悪いものではないはずだ。


「まぁ……無条件というわけにはいかないが」

「えっ、マジすか。えーっ、私あまり権力ないから何か言われても困るッスよ」

「いや、こちらの最低限の生活が保証されるかを知りたいんだ。見ての通り、この家には食料すらないだろ。例えばその領主の家に着くまでに飢え死にしたりするわけにはいかないし、着いていっても帰れずに路頭に迷うのも困る。帰って来られても見ての通り森が焼けてるだろ。冬が来る前に生活の基盤を整える必要があるが、領主のところに行くと難しくなるかもしれない」


 当然の要求として、俺とニエの生活を無理矢理に保証させる。


「んー、まぁ、そうッスね。当面の食料は私が代わりに村で買うッスし、街までも三日も歩けば着くんで大丈夫ッスよ」

「……子供の足でか?」

「えっ子供……お兄さん、旅人って村の人から聞いてたんスけど……。その子とどういう関係なんスか?」

「どういうって……」


 俺の好きな女の子で、ニエからも好かれている。……恋人と言ってもいいのだろうか。


 いや、モテない男の行き過ぎた考えだろうか。日本にいた時の友人の山本くんも仲良い女の子と好き好きと言い合っていたが、彼氏面したらドン引きされて離れられていた。


 山本くんの二の舞になるわけにはいかないと思ってニエに目を向けると、ニエは赤い顔をして俯き、恥ずかしそうに指先をもじもじと動かしながら小さな口を開く。


「そ、その……夫婦のようなものです」

「えっ……えぇ!? こんな小さな子供と!?」


 ユユリラは驚いたように俺を見て真偽を確かめようとする。

 夫婦……もしかしてこの世界の人間には恋人という関係は一般的ではないのかもしれない。そもそも俺の知っている婚姻制度というものも限られた時代の限られた場所の制度であり、異世界ともなれば「好き」と言ったらその時点で婚姻していることになる可能性も十分に考えられる。


 そもそも一夫一妻制かすら分からないし、時代や地域によっては多夫多妻の文化もある。……ニエが他の男に引っ付いていたりするのは耐えがたいので、その場合は無理矢理にでも日本の文化に合わせてもらうが。


 こうして他人に関係を説明するより先にニエと話しておくべきだったが、そんな時間はなかったので仕方ない。


「まあ、否定はしない」


 俺は色々と考えた末、素直に欲望に従った。

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