神龍殺しは少女のために④
第一にあの龍の呼吸法はなんだ。
カエルなどの両生類のような肺呼吸と皮膚呼吸が混じったような呼吸ではない。あの巨体を支えるのに、そんな非効率な方法では酸欠で死ぬ。
おそらく哺乳類の横隔膜を使って肺を膨らませて空気を往復させる呼吸法でもない。空を飛ぶにはあまりにも非効率だし、あれほどの巨体を支える能力はないはずだ。
空を飛べて、巨体を支えられる効率の良い呼吸は…….同じく空を飛ぶ鳥、あるいは今では信じられないほどの巨体を持っていた恐竜と同じ気嚢による空気を一方通行に循環させる呼吸だ。あるいは別の進化を遂げている可能性も否定出来ないが、似たような機構を持っていることは間違いない。
馬鹿でかいトカゲ……ではあるのだが、身体の作りは呼吸の時点でトカゲとは違うことは明白だ。トカゲの呼吸法ではこの巨体は支えられない。呼吸すらも魔力に頼っていれば話は別だが、魔力は無限ではないらしい。巨体を支えるためのエネルギーを常に支払い続けるのは無理だ。
次、第二に龍は鳥類や哺乳類のような恒温動物か、爬虫類のような変温動物か……おそらくは恒温動物だ。
巨体を温めるのには相当な時間がかかるはずだが、俺が襲ってからすぐに俊敏な動きを見せた。
恐竜も身体の大きなものは恒温動物だったことを思えば、トカゲのような見た目をしていても恒温動物でも不思議ではない。
トカゲの鱗では哺乳類のような発汗による体温調節は出来ないだろうため、鳥類の気嚢による空気の循環を冷却システムとして採用しているのだろう。
つまり、この龍はどれだけ連続で動いたとしても息切れは起こさないし、運動による発熱で動けなくなることもない。この巨体ながら、俺よりもはるかに瞬発能力が高い上に俺の数倍のスタミナがあると考えるべきだろう。
化け物じみている。というか、まんま化け物だが。
が……当然、鳥と同じ欠点を持っているだろう。
それだけ優れた呼吸器の欠点は……単純に馬鹿デカイ。身体の比率として呼吸器が大きすぎて、他の内臓が小さくならざるを得ない。
鳥ならば空を飛ぶために他の内臓を小さくして軽くするので呼吸器が大きくても不都合は少ないが、この龍は鳥ではない。
鳥のように短い腸で栄養を吸収する必要があるのに、鳥にはあり得ないほど大きい巨体。
鳥のように短いサイクルで食事を取る必要があるのに、鳥と違って沢山の食事を必要としている。
つまり、龍は圧倒的に飢えやすい。同サイズの哺乳類ならば絶食しても数日や数週間耐えられるはずだろうが、この生き物の生態だと一日も保たない。
そのくせこの巨体だ。俺を追いかけて暴れていれば、食事になる生き物はこぞって逃げていく。
まだ焦ってすらいないのだろう。この賢いらしい龍は。お前は今の動きで、今の一歩で、死まで一歩、一手、進んだぞ。
◇◆◇◆◇◆◇
他の村人と会ったが、どうにも反応が妙だ。
ニエのような優しすぎる浮世離れした反応を期待していたわけではないが、あまりにも無関心すぎるように思えた。
まぁ開拓村ということなので、元々は村人というわけでない人も多いだろうし、知らない人が珍しいということでもないのかもしれない。
ただ気になったのは、誰もが『昏き夜の日までには去れ』と言っていたことだ。
『昏き夜の日』とは何かが分からない。当然のように言われたが、俺はここの世界の人間じゃないしな。
ほとんど何も分からなかったが、分かるのは一つ。
俺はこの村人達が嫌いらしい。
明らかに飢えていたニエに比べて他の村人は十分な食事があるらしく健康的な体型と肌の色をしている。
ニエに恩と好意を感じているからという理由を差し引いても、幼い子供を放っておくというのは俺の感覚としてはありえないことであり、非常に不快だ。
もちろん、悪とは言えない。ここのルールは不明だが自分の親族ではない子を育てる義務があるわけでもないのなら、自分やその家族の食い扶持を減らしてまでニエを養ってやる義理はないのだろう。
分かる。仕方ないと思う。……が、やはり不快で、嫌いだ。
……俺の滞在もあまり良くは思われていないようだし、昏き夜の日には去らなければならないとのことなので……いっそのこと、ニエを拐っていってしまおうか。
俺と共に別の街に行くのも危険かもしれないが、このままだと餓死は免れないだろうし、それなら可能性がある方に賭けた方がいい。
村人からも無視をされているようだし、連れ去っても何の問題も起こらないだろう。
こんな状況で旅の計画なんて立てようもないが、それでも何もせずに餓死をさせるのよりかはマシだ。よほど、遥かにマシだ。
出来る限り体力を付けさせて、保存食を用意して、街とかを調べて、少しでも死ぬ可能性を減らそう。
村の連中に顔を見せるのもそこそこにしてニエの家に戻る。
まだ朝日が出たばかりというのもあるが、昨日は遅くまで起きていたせいか、やっと目を覚ましたらしい。
朝に弱いのかぼーっと俺の顔を見て、突然バッと顔を真っ赤に染める。
「あ、え、えっと……お、おおお、おはようございましゅっ!」
「……焦りすぎだろ」
昨日の「好き」という言葉がまだ尾を引いているのか、ニエはもじもじとしながら顔を赤らめる。
俺と一緒にここを出ようと言おうかとも思ったが、まだ会って一日の関係だ。断られるだろうし、用意がある程度進んでから言った方がいいだろう。
「朝食、作りますねっ!」
「ん? ああ、ありがとう」
薄手の寝巻きの上に一枚白い上着を羽織った格好のまま、調理台に移動して昨日の鳥肉と魚を煮込んでいく。どうやら煮込み料理が主な食文化らしい。
少し煮込みすぎな気もするが、味はともかくとして衛生観念としては長時間加熱した方がいいのは間違いない。
ニエが料理をしているのを見ながら、周りを見る。
昨日の料理もそうだったが塩気が薄かった。おそらくあまり塩が取れるような場所ではないのだろう。
保存食を作るのに塩が欲しかったが……ないなら仕方ないか。もしかしたら他の村人なら持っているかもしれないが、保存食を作るために大量に必要とするので確保は難しいだろう。
塩漬けは無理、酢漬けもおそらく難しい。燻製は出来なくはないだろうが……手間がかかりすぎる。
……日本では珍しかったが、この状況で保存食を作るなら油漬けだな。常温で液体の植物油ではなく、固体になる動物性の脂を使って、水分を抜いた食品を脂で煮てから脂ごと冷やして固める。
……鳥肉じゃあ脂を取るのに脂肪が少ないか。魚や植物の油だと常温だと液体だし……。獣を狩るしかないな。
ただ、弓矢なんか使えないし、槍とかも……そう考えていると、視界の端に妙な物が映った。
「……これは」
パチンコ……というか、スリングショットに見える。鹿の角のような物の先にゴムらしきものが付いている。
「あ、お父さんのですね。変な道具なんですけど、動物を追い払うのに使えるんですよ。お父さん、そういう変な物を集めるのが好きでして。えっと……使い方は」
「……こうだろ」
かなりゴツく重い。元々スリングショットは狩猟にも使われる道具だし、この大きさなら威力は十分すぎるほど高いだろう。
「えっ、知ってるんですか?」
「まぁ、一応似たようなものは。……ゴムなんてあるんだな」
「ゴム……あ、スライムのことですか?」
「スライム?」
「それです、その引っ張ると伸びて離すと縮む紐の素材です」
スライム……そんなのがいるのかと考えたが、龍もいたので今更か。
大きい上に質も良さそうで、練習すれば使えなくもなさそうだ。
しかし……父親の形見か。
「……これ、借りていいか?」
「えっと……はい。大丈夫です」
「大丈夫か? 嫌なら無理にとは」
「いえ、嫌だったのではなく、その……不思議な道具なので大丈夫かなぁと」
「まぁ、練習してみる」
ニエの作った料理を食べた後、外に出て手頃な石を拾いスリングショットに引っ掛けて、人のいない方に強く引く。
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