サル探偵
ピート
第1話 探偵登場
この街には探偵がいる。
小さなこの街の繁華街、寂れた雑居ビルの二階に、その探偵事務所はある。
依頼人を信用出来れば、どんな依頼でも引き受ける。
そんな探偵が…。
メインストリートから一本入った路地裏の雑居ビル、本当にこんなビルに探偵がいるんだろうか?
不安を胸にビルを見上げる。
そこには確かに『探偵事務所』と書かれた看板が付いていた。
このビルと同じように、何年もの年月を超えてきたであろう、古い看板だった。
どんな依頼でも引き受けてくれると聞いた。
依頼主を信用する事が出来れば…。
僕は、信用してもらえるだろうか?
依頼料だって、まともに払えるかもわからない。
そもそも探偵への報酬なんて、どのくらいの金額になるんだろう?
再びビルを見上げた。
灰色の空からは、今にも雪が降ってきそうだ。
勇気を出すと、僕はビルに駆け込んだ。
電球が切れかけているのか点滅する照明の中、二階にあるハズの探偵事務所を目指す。
古めかしい木製の扉、擦りガラスには何かが書かれていたみたいだけど、その上から何かを貼り付けているようで、何が書かれているのか、僕には読めなかった。
ドアをノックすると、中から声が聞こえた。
「どうぞ」女性の声だ。
優しいその声に、ホッとした僕はゆっくりと扉を開いた。
「ご依頼でしたら、そちらのソファーへどうぞ」パソコンで作業していたと思われる女性が促す。
先程の声の主は、この女性だったようだ。
僕を見ても、馬鹿にするわけでもなく、話を聞いてくれそうだ。
「どんな依頼でも引き受けてくれるって」
「えぇ、ボスが貴方を信用すればね。外は寒かったでしょ?温かい飲み物を用意するから、それから話を聞かせてもらうわ。ボス、依頼ですよ」
奥の机に人影が見える。
「少年、コーヒーがいいか?それともココアにしとくか?」その声は、ガキには用は無い。そう言っているようにも聞こえた。
「じゃぁ、ブラックで」引き返したりなんかするもんか。
「ふふ、リン、少年にブラック、俺にはいつものだ」
「聞こえてますよ」リンと呼ばれた女性は、奥に消えていった。多分、給湯スペースがあるんだろう。
ボスと呼ばれたの人が探偵なんだろうか?
後姿しか見えないが…何かおかしい。
微動だにしないし、声の聞こえてくる方向が違うような気がする。
「少年、この事務所の事を何処で知ったんだ?」こちらに振り返る事もなく、ボスが聞いてきた。
「おもちゃ屋でよく会う人から」おもちゃ屋でよく遊んでくれるシュウ兄さんから、僕はこの探偵事務所の話を聞いた。
「秀の紹介か。じゃあ、とりあえず話を聞くとしよう」
シュウ兄さんを知っているようだ。
人影は動かない。が、僕の目の前にサングラスをしたサルが現れた。
「サル!?」
「なんだ、聞いてなかったのか?」気にするわけでもなく、ボスと呼ばれたサルが話す。
「…喋った」
「当たり前だ、会話が出来ないのに探偵なんか出来るか。それともサルには用事がないか?」ニヤリとボスが笑う。
「僕の依頼を聞いてくれるなら、サルでもカエルでも、なんでもいいよ」
「紹介とはいえ、俺は少年のことを、まだ信用した訳じゃないぞ?」
「ボス、依頼内容を聞いてあげてくださいよ」そんな意地悪しちゃダメですよ。とでも言いたそうな口ぶりだった。
リンさんの手に持たれたトレーには、湯気の立ち昇るカップが並んでいた。
「本当にブラックでよかった?お砂糖もミルクもあるから、自由に使ってね。ボスには、いつものホットミルクですよ」
「砂糖たっぷりだな?」
「えぇ」優しい笑顔だ。
「少年もこっちの方がよかったんじゃないのか?」意地悪そうにボスが笑う。
「いつもブラックだから大丈夫です」ブラックなんか飲んだ事はない、母さんがコーヒーを淹れてくれる時は、ミルクも砂糖もたっぷり入っている。
「そうか、じゃあ話を聞こうか」
ボスは美味しそうにホットミルクを飲み始めた。
口の周りがミルクで真っ白だ。
なのに、相変わらずの偉そうな口調だ。
「いなくなった家のペットを探して欲しいんです」
「ペット?」聞き返したボスの口調は厳しい。
「ダメですか?」
「大切なペットなの?」リンさんが、優しく聞いてくれる。
「僕にとっては、兄弟とかわらないくらい大切な奴なんです」
「兄弟か…で、種類は?」ボスの口調が心なしか和らいだような気がした。
「犬です。雑種で毛の色は黒、名前はカイ…」
「写真はあるか?」
「先週、公園で遊んだ時のなら」リュックから写真を取り出す。
「少年、ペット探しの依頼料がどのくらいかかるか知っているか?」
「探偵の報酬なんかわからない。だから…」慌てて貯金箱とお年玉貯金をしてる通帳を出そうとした。
「金ならいらないぞ」
「え!?」
「俺が言ってるのは、普通の探偵事務所の話だ。秀から詳しくは何も聞いてないのか?」困ったようにボスは呟く。
「この探偵事務所なら、僕の話もちゃんと聞いてくれるって、だから」
「いいか?俺は信用した依頼者からは報酬として金は一切いただかない。俺が欲しいのは、金なんかじゃないからな」
「じゃぁ、何を支払えばいいの?」一体何が欲しいっていうんだろう?まさか、僕を食べたりなんかしないよな?
でも、ボスは喋るサルだ、普通のサルとはきっと違う。
急にここにいるのが怖くなってきた。
「どうした少年?怖くなったか?言っておくが、俺はお前を食べたりなんかしないからな。そんな野蛮じゃない。依頼を引き受けるかどうか?その前に、依頼料が必要だ。紹介もあるから、サービスしといてやるよ」
「依頼料?」
「詳しい依頼内容を聞く前に、本来は依頼料をいただくのが、俺のやり方だ。で、依頼完了時に成功報酬をいただく」
「僕の全財産を払うよ。だからカイを見つけて」
「何度も言うが、さっきも言ったように金はいらない。そこの時計が見えるか?」ボスが指差した場所には、大きな古めかしい時計が4時30分を指そうとしていた。
「あの時計が5時になるまでに、駅の地下街にあるクレープハウスのバナナチョコクレープを二つ持ってきてくれ。それが依頼料だ。それが出来たら詳しい話を聞く。そして少年の依頼も引き受けよう」
そう言うとボスは、またカップを口にする。
「クレープハウスって、いつも行列出来てる店だよね?」
「早く行かないと間に合わないぞ?」もう用は無いと言わんばかりだ。
「気をつけてね」リンさんも優しく微笑む。
でも、ここから駅地下までは最低でも10分はかかる。
長い行列が出来てたら…僕は立ち上がると事務所を飛び出した。
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