第41話 カネスキー司祭の逃亡


◇side カネスキー司祭


なんてことだ!

こんなことならアホーン子爵領から出るんじゃなかった。

誰もいない教会の片隅で私は頭を抱えていた。



甘い汁を吸えると思ったからゲスーイ伯爵領に来たのに大失敗だった。

先代当主がどんぶり勘定だから不正し放題だと思ったのに!

なんだ、あの現当主は!?

まるで話し合いの通じない獣ではないか!

せっかくこの私が領民からの寄付金(強引に奪った)の一部をやると言ったのに、返事は使者の生首だった



こっそりやればバレまいと、ゲスーイ伯爵領で寄付金(恐喝)を募っていた私の部下(全員山賊)が皆殺しにされた。

『教会に楯突くなど許せん』と怒り狂って領主の館に抗議しに行った同志がいたが、今では我が教会の入り口に前衛的なオブジェとして飾られ、カラスに啄まれている。

奴はダメだ。逆らったら殺される!

かといって教会への上納金も収めねば出世できない。

甘い汁を吸いたいがために教会に入ったというのに!

私は一体どうすればいいのだ……。

頭を抱えていると、いきなり教会の扉が乱暴に開かれた。

もしやゲスーイ伯爵が放った刺客か!?



「ひいっ!? い、命だけは……!」


「司祭様~、略奪に行きましょうぜ!」


「……ん? なんだお前か」



入り口に立っていたのは私の部下の一人で、長い付き合いになる傭兵だ。

傭兵らしくかなり鍛えられた肉体をしていてかなり強い。

しかしアホすぎるせいで重要な仕事を任せられないため、主に私の護衛をさせていた。しかしコイツは今までどこにいたんだ?



「おい、今までどこにいたんだ? 朝から見てなかったぞ?」


「へい、ちょっと気になることがありやして。てか司祭様はなんで元気ないんですかい?」


「何度も説明しただろうがっ!? この土地で金を信者たちから金を巻き上げれば殺される! 教会への上納金が遅れれば僻地に左遷される! どうすりゃいいんだ!」



この男はとんでもないアホで、同じことを何度も説明せねばならなくてイライラする。私の焦りが分からないのか、この男は首をコテンと傾げる。

ムサイ男がやっても可愛らしくないポーズをされて、私の苛立ちがさらに募っていく。



「上の人に助けを求めりゃいいんじゃないすか?」


「送った使者が全員生首になって教会の玄関に並べられてんだろうがっ!」


「ああ、アレ生首だったんすか。新手の芸術品だと思ってやしたぜ」


「あんな芸術品があってたまるか!」



久しぶりに大声を出したせいか喉が痛い。

ぜいぜいと荒く呼吸をする私に、部下が誇らしげに麻袋を突き出してきた。



「まあまあ、これでも食って元気出しましょうや」



部下が麻袋から出してきたのは熟れた果実にワインやチーズ、干し肉だ。

手渡された果実に食いつくと、瑞々しい甘みが口一杯に広がる。

うむ、喉が渇いているせいかかなり美味く感じるぞ。

しかしこの男、どこでこれを買ってきたんだ?

余計な金など持ってなかったはずだが……。



「おい、これはどこで買ったんだ?」


「え、買ったんじゃなくて盗んできたんでさ」


「ちょっ、お前……!」



コイツ、私の予想よりはるかにバカだった!? ゲスーイ伯爵は私を殺せる口実を手ぐすねを引いて待っているというのに!

マズイぞ、これでは私も一緒に殺される! 

慌てる私を見て部下がケラケラと笑い出す。



「大丈夫でさ、なんか見張りの兵士どころか村の連中もいないし今なら盗り放題ですぜ?」


「見張りの兵がいない……?」



どういうことだ? もしや何かの災害でも迫っているのか?

どちらにしてもこれはきっと最後のチャンスだ。



「よし、お前は村中から食料と金品を集めてこい。私は荷馬車を用意する。すべて回収してアホーン子爵領に逃げるぞ」





「積み込んだな? では出発するぞ」


「へい、飛ばしますんでしっかり捕まってくだせぇ」



一時間後、私と部下は村中の金品と食料を荷馬車へ積み込み、アホーン領へと馬を走らせ始めた。

少しばかり心もとないが、事情を話して荷馬車を上納すればもう一度チャンスを貰えるはずだ。

なにせゲスーイ伯爵は教会に楯突き、私の部下を殺しているのだから。

上層部もきっとお怒りになるはず。

次に私がこの地に戻ってくる時は復讐する時だ。

ゲスーイ伯爵よ、首を洗って待っているがいい!

私が未来に想いを馳せていると、何故か荷馬車が急停止した。



「おい、もうちょっと気をつけろ!」



急停止時に頭をぶつけてしまったではないか。

頭を擦りながら、文句を言ってやろうと荷馬車の御者台へと顔を出す。

だが部下は私に気づいていないのか、真っ青になった顔つきで前方を見つめている

なんだ、一体何を見て……?

部下の視線の先を辿ると、荷馬車の数十メートル先に武装した騎馬兵がずらりと並んでいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る