第38話 ゲスーイ伯爵のお仕事
◇side マジス・ゲスーイ伯爵
「ひいぃぃっ!?」
「そ、それを奪われたら食うものが……!?」
「ど、どうかお慈悲を!!」
「食料と金品は根こそぎ奪えっ! あと住人はなるべく殺すなよ!」
俺は農具を振り回す農民を殴って気絶させると大声で叫ぶ。
ここはゲスーイ領の隣にあるワルド子爵の領地だ。
ワルド子爵は一対一の決闘なら無敗だが指揮官としては三流で、おまけに今の時期は王都に滞在しているので軍の動きも鈍い。
つまり良いカモという訳だ。
もちろんバレたら大変だがバレなきゃ問題ない。
念のため俺が率いる騎士団は山賊の姿をしているし大丈夫だろう。
すべては我が愛しい領民のために。
恨むのならワルド子爵の領地に生まれた不運を恨むんだな。
俺が抵抗する武装した農民を切り捨てて周囲を見渡す。
だいぶ片付いてきたな。
村の食糧庫から運び出した穀物を手早く荷車に詰め込んでいる部下を見て笑みをこぼす。さすがは俺の部下、手慣れたものだ。
作業が済んだのか、幾人かの部下が駆け寄ってきた。
「若……いえ、ボス! 積み込み終わりました」
「そうか、ご苦労。それでここの領地の軍の動向は?」
「まだ混乱しているみたいですな」
「それはいいことだ。あと村を2~3食えるな」
騎士団長の報告を受けて今後の作戦を練っていると、新人騎士が不思議そうに首をひねっているのが目に入る。気になるな、声をかけてみるとするか。
「おい、どうかしたか? 気になる点があるなら報告してみろ」
「ええと、その……何故殺さないのです? それに村より町を襲った方が効率がいい気がするのですが……」
オドオドと口を開く新人騎士。
なるほど、そういうことか。
「これは戦争ではないからな」
俺は今回の作戦で可能な限り村人を傷つけてはならないと命じておいた。
今回の目的は略奪だからだ。だが戦争ならばやる。
領民とは領主の財産だ。
戦争で少しでも相手にダメージを与えたいなら建物を焼き、村人を殺すのが一番だ。
領民という働き手がいなければ畑の耕し手も少なくなり、徴兵しても集まりが悪くなる。つまり国力が下がるのだ。
あと町だとそれなりに自衛能力を持ってて攻め落とすのが面倒臭い。襲うなら農村が一番楽だ。実入りは少ないが危険度も低いしな。
「来年もここに略奪に来るんだぞ、卵を産む前の鶏を絞めてどうするのだ?」
「な、なるほど!」
新人騎士は納得がいった表情になる。
奴らには金貨を作ってもらわねばならないのだ。死なれては困る。
生かしておくとバレる可能性も上がるが変装してるし大丈夫だろう。
念のため犯人が俺たちだとバレないための偽装工作もばっちり行うしな。
略奪作戦が終わったら俺の領地とは別方向に移動し、本当に山賊がいる辺りに痕跡を残した状態で、大きく迂回して自分の領地に戻る予定だ。
こちらに繋がる証拠がない以上、ワルド子爵もおいそれとは手出しできないだろう。
俺が新人に説明し終わると、伝令の兵が奔ってくるのが見えた。
その姿に俺たちは身を硬くする。
まさか悪い知らせか?
身構える俺たちに向かって、伝令が笑顔で口を開く。
「この先にたいして戦力のない裕福そうな村が3つ発見! あと教会もあります!」
「でかした!!」
「それはいい!」
その報告に俺と古参の騎士は満面の笑みを浮かべる。
教会はたんまりと寄付をため込んでいるからな、根こそぎ貰っていこう
だが新人騎士はよく分かっていなさそうな顔で呟く。
「あの~、教会ってそんなに貯めこんでるんですか?」
「ああ。寄付金だけでなく教会税、あと地元の山賊と繋がってることもあるからな」
「ええっ!?」
俺が教会の愚痴を漏らすと新人騎士が素っ頓狂な声をあげた。
どうやら知らなかったらしい。
ベテラン騎士達は「俺らにもこんな時期があったなぁ」という目つきで新人を見ていた。
上位の教会関係者の多くが領地を継げない貴族の子息だ。
奪うことに躊躇がないし、そもそも赴任先の領民を人だと思っていない奴もいる。
奴らは赴任先で傭兵や山賊の後ろ盾となり、略奪の上がりを貰って生きている寄生虫のような連中だ。
おまけに赴任先が荒廃すればさっさと転属しやがる。
まさに災いを運ぶ渡り鳥のような奴らだ。
「ど、どうして始末しないのですか!?」
わなわなと震える新人騎士。どうやら相当ショックだったらしい。
貴族ならよく知ってることなんだがな……。
「教会を、教皇を敵に回すと厄介だしな」
「山賊を野放しにするのですか!? 領民が可哀そうです!」
「ん? 山賊なら始末したぞ。切り落とした生首を教会前に並べておいたからな。
あの生臭坊主、それ以来怖くて引き篭っているらしい」
どうやらあの小物坊主は礼拝しようと訪れる我が領民を扉も開かずに追い返し、閉じこもっているらしい。
これ幸いと領民にはあの坊主は邪神を崇拝しているヤバい奴だと噂を流しておいたし、しばらくは何もしないだろう。
「新人、処分するなら他人の領地に入ってからだ。仮想敵国に責任を押し付けられるぞ。ですよね、若様?」
「分かっているじゃないか。さすがは団長、頼もしいぞ」
皆で笑い合いながら村を出ようとすると、数名の村人が俺たちの前に立ち塞がった。
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