第37話 ネズミの王、ハムスタン族
「モツゴロウ、可愛いお客というのはそれか?」
俺とシュリの視線はモツゴロウの手のひらで寛ぐ小動物に向けられていた。
手のひらサイズで尻尾がほぼないネズミ、すなわちハムスターだ。
モツゴロウの手のひらで美味しそうに果実を齧るハムスターは、ぴょこんと立ち上がると、こちらに軍人っぽく敬礼をしてきた。
「初めまして、吾輩はネズミの王たるハムスタン族の族長、ハム三世であります!」
俺はモツゴロウの手のひらで偉そうにふんぞり返るハムスターを白い目で見つめた。
人語を操るとは中々やるハムスターだが、一体俺に何の用があるんだ……?
首を傾げる俺の隣でシュリが嫌そうな悲鳴をあげた。
「ちょっと! 賢者様、ネズミじゃないですか!? 野良のネズミは病気を持っている可能性があるので近づいちゃだめです!」
「失礼な! 我々ハムスタン族はきれい好きな種族ですぞ!? 毎日命綱をつけて水浴びをしているのですから!」
憤慨するハムスターの言葉に俺は想像してしまう。
ハムスター達が命綱をつけて行水する光景を。
可愛いけどシュールな光景だ。いや、落ち着け天才!
彼らは何らかの要求があって訪ねてきたことは間違いない。
まずは話を聞こうじゃないか。
「それで? 要件は何かな?」
「おお! 忘れていましたぞ! どうか我らを秀也殿たちの家臣にして下され!」
モツゴロウの手のひらで目を輝かせるハムスターの言葉に困惑する。
ハムスターに出来る仕事ってあるのか……?
シュリも同様に思ったのか、怪訝な顔で口を開いた。
「ネズミに出来る仕事って何ですか……?」
「ネズミではなくてハムスタン族ですぞ!? あとげっ歯類差別は止めて頂きたい! 我らはネズミの王、ハムスタン族。ネズミを操る能力を持っているのですぞ!」
ん? ネズミを操る能力だと?
もしかして……。
「なぁ、ハム三世はネズミの見たり聞いたりしたものが分かるか?」
「当然ですぞ! 離れたところにいるネズミの見聞きしたものすら分かるんですぞ。なんたってネズミの王ですからな!」
得意そうに鼻を鳴らすハム三世を見て、俺の脳裏に考えが浮かんでくる。
至る所にこっそりネズミを配備し、情報を探らせればもしかして……。
あれ? これって情報収集や防諜システムとして使えるんじゃないか?
「ふむ……いいかもしれない」
「賢者様! ネズミには危険な病気を持つ個体も多いんですよ!? ばっちいからダメです!」
俺の呟きにシュリが悲鳴をあげる。
たしかにネズミは危険な病気の媒介になるって聞いたことがあるな。
「じゃあ病気のネズミだけ隔離すればいいじゃないか。出来るよな、ハム三世?」
「当然ですぞ! それで病気ネズミはどこに隔離するんですかな? 一応吾輩の家臣なので殺さないで頂きたいですぞ」
「分かった。とりあえず人のいなさそうな森の奥に……」
「なら隣のゲスーイ伯爵の領地はどうですか? あそこの人はネズミが好きだって言ってた気がします。うん、病気持ちのネズミは全てそこに送り込みましょう!!」
なんかシュリがすごい食い気味に口を挟んできたな……。
ほんの数秒前まで全てを諦めた顔つきだったのに。
それにしても隣の領主はそんなにネズミが好きだったのか?
まぁ、いいか。シュリがそういうってことは本当なんだろうし。
これからも病気のネズミがいたら隣のゲスーイ伯爵領に移住してもらおう。
「そうなのか? 分かった。病気ネズミには移動してもらおう。モツゴロウ、誘導を手伝ってやってくれ」
「任せて! 廃棄予定の食料を彼らにあげちゃっていい?」
「いいぞ。あとでみんなに話しておく」
「賢者様、これからも危険だったり病気持ちの生き物はゲスーイ伯爵のところに送り込みましょう。きっと喜ぶはずです」
「そ、そうなのか……? ずいぶんと奇特な人なんだな」
「ええ、これで時間が稼げるはずです」
内心ゲスーイ伯爵にドン引きしていると、シュリが肩の荷が下りたといった様子でホッとしていた。ん? 時間が稼げる……?
「シュリ、時間が稼げるってどういう意味だ?」
「ええと……み、港の話です!」
「港?」
何か話をはぐらかされた気もするが……港に何かあったっけ?
「ええ、ネズミの贈り物で気を良くしたゲスーイはちょっかいを出してこないでしょう。今は大事な交渉中ですから」
「交渉って何かあったのか?」
「ふふん! 伝説の海賊王を倒した英雄の末裔が海賊狩りをしてまして、なんと彼らの協力を取り付けられそうなんです! 同盟を結べれば他の海賊や領主はウチに手を出しにくくなるし、安全を確信した貿易商人が一杯来ますよ~。あっ、私が段取りを付けますので賢者様方は手を出さないでくださいね!?」
俺の言葉にシュリは誇らしげに胸を張った。
そのおかげで小柄な割に豊かな双丘がたわわなに揺れ、思わず視線が吸い寄せられてしまう。いかんいかん! 俺は慌てて視線を外す。
「で、でも貿易商人が欲しがる特産物はあるのか?」
「それなんですよねぇ……。ウリにしようとしている温泉街の建設もまだ先ですし」
「だよなぁ」
鬼人族の領地には良質な温泉が湧きだす所がいくつかあって、そこに温泉街を建設する予定だが資金的にキツイ。
まあ、バカボン侯爵の公園で掘り当てた謎の埋蔵金を使えばギリギリ足りると思うが、アレは万が一の時のために全部使い切るような真似はしたくない。
どうするかな。
ヒカソ太郎に芸術品でも作ってもらうか?
「ミスリル鉱石はどうですかな? 売れると思うのですが」
俺たちが悩んでいるとハム三世が口を挟んできた。
ハム三世の言葉にシュリが呆れた表情を浮かべる。
ミスリル鉱石。
それは銀色に光り、鋼鉄を越える硬度と羽のような軽さを併せ持つ夢の金属だ。
おまけに魔法を付与させる事が出来るため、非常に高値で取引されている。
「ミスリルは希少鉱石ですよ? そんなのがウチにあるわけないじゃないですか」
「ありますぞ? ここの領地に」
ハム三世の言葉にシュリが固まった。
そんなシュリの代わりに俺が疑問を口にする。
「それって本当なのか?」
「ええ、山の中に大きな鉱脈がありますぞ。でも盗掘されてるようですが」
「ハム三世。その話、この天才に詳しく聞かせてくれ」
これは面白くなってきたな。
どうやらこの天才の頭脳が発揮されるときが来たようだ。
ハム三世の説明を聞きながら、俺はさっそく作戦を組み上げ始めた。
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