第28話 レース開始


『思わず日向ぼっこしたくなる柔らかい日差しの中、やって参りました。今月最後のドラゴンレース。実況と解説、審判は我々競竜ブラザーズが担当します』



 順番に竜がスタート地点にセットしていく途中、耳触りの良い声色のアナウンスが会場に響く。シュリの話によると、『拡声』の魔道具とやらを使っているらしい。

 地球で言うところの拡声器のようなものだろう。

 声の出どころは実況席だ。

 観客席で一際高い所に作られた場所にそれはあった。



 実況席に座るのは遠目でも分かるほどガタイの良い二人組で、お揃いの黒いコートに身を包んでいる。

 元軍人の彼らはかつては名の知れた竜騎士だったらしく、竜に対する知識を買われて実況と審判を任されているそうだ。

 賭けの胴元と繋がっているようで、身内贔屓なジャッチを下すこともあるという。

 もちろん手は打った。俺の策がうまくいっているとよいのだが……。

 少しばかり緊張した俺の視界の中で競竜ブラザーズは淡々と仕事をこなしていく。



『さて順番に紹介していきます。一番人気は当然、この竜。『壊し屋』の異名を持つ双角竜ジケラトプス。仕上がりはどう見える、弟よ』


『戦場帰りは伊達じゃないってと言いたいところですが今日は少し大人しめですね。体調が心配ですぞ、兄上。ファンとしては今日のレースで何匹壊すか見物ですね~』



 レース場に一匹の竜が姿を見せた瞬間、会場が耳を塞ぎたくなるような歓声に包まれた。とんでもなく人気な竜らしい。

 トリケラトプスっぽい頭部に胴体はがっしりとした肉食竜っぽい感じの竜だ。



『壊し屋』、種族名は双角竜ジケラトプス……なるほどこいつか。

 これは要注意だな。

 事前に調べた情報によると、パワーとタフさを兼ね備えたこの竜は戦場では人気な竜の一種らしい。この重戦車のような竜のレースでの戦法は至極簡単。

 スピードが乗る前の他の竜を物理的に叩きのめす、ただそれだけだ。

 ふつうならルール違反でも妨害アリのドラゴンレースでは問題ないとのこと。

 むしろ竜同士のぶつかり合いがあった方が盛り上がるから潰し合いを推奨する始末らしい。



 何と野蛮なことか。

 この天才には理解できない。



『続いて二番人気は鶏冠竜ギガノトス。今日も派手なブレスで観客を沸かせるのでしょうか』


『見事なブレスを期待したいですな~兄上。この竜も今日は大人しいですね』



 実況者二人が紹介したのは鶏みたいなトサカを持つティラノサウルスっぽい外見の竜だ。バカボン侯爵の坊ちゃん曰く、足も速めで、自身より前に出た竜をブレスで狙い撃ちするのが得意スタイルらしい。

 もはやレースじゃない気がする。

 バッカスの話では『壊し屋』と『ギガノトス』、この二匹がドラゴンレース最強の座を争っているらしい。

 よく見ると他の竜もこの二匹を恐れているのかビクビクとしている。

 こんなに怯えていたら勝てる勝負も勝てるはずがない。

 ふむ、この分だと他の竜は大したことはなさそうだ。



 実況席の2人組がレースに参加する他の竜の名前と特徴を述べていく。

 特にビビッと危険を感じることのない竜ばかりなので適当に聞き流す。

 しかし壊し屋とギガノトスだけは要注意だ。

 アレは正攻法で勝つのは難しいだろう。あの2匹の挙動に注意していると、実況席の競竜ブラザーズの視線がこちらに向く。



『さて今回の飛び入り参加はこの竜、一角竜のブロス。良い竜だと思いますが……』


『ええ、しかしブロスはかなりの老竜のはず。さすがに厳しいのでは? 人気は9番人気です』



 一角竜のブロスはバッカスから借りた竜で、俺が今乗っている竜だ。

 一角竜は戦場でもよく乗られる竜で、その身体能力は決して双角竜にも劣らない。

 ただしブロスはだいぶ高齢なせいか、パワーもスピードも『壊し屋』より数段劣る。だがこの天才の秘策があれば負けはない!



『最後は10番人気、かつて白い流星と称えられた白竜のガンドム。かなりの末脚ですが壊し屋に壊されて長くレースに出られませんでした』


『今日が復帰戦ですね、兄上。活躍して欲しいとは思いますが、獅子はウサギを狩るのにも本気を出すもの。ファンとしては壊し屋の方を応援したいものです』



 ≪獅子はウサギを狩るのにも本気を出す≫

 あらかじめ示し合わせたキーワードを混ぜた実況に俺は笑みを隠せない。

 どうやら作戦は問題なく進行しているようだ。

 実況兼審判のこの2人は賭博の元締めと繋がっていて、仲間贔屓のジャッジを下すことが多いと聞いていた。

 その話を聞いた俺はクラスメイトの甲賀と伊賀に成り代わって欲しいと頼んだのだ。キーワードを口にしたということは実況席の2人は甲賀と伊賀に入れ替わってるのは間違いない。



「秀也、本当に僕で良かったのかい? モツゴロウの方が適任なんじゃ……」



 俺がほくそ笑んでいると後ろから声をかけられ、振り返るとクラスメイトの安室が不安そうにしていた。安室もまたバッカスから借りた白竜のガンドムに乗っている。

 幼いころに恐竜系パニック映画で見たラプトルみたいな外見の竜だ。

 かつて自分に大ケガさせた『壊し屋』が怖いのか、やけにビクビクしている。

 今気づいたがこの竜、宇宙で機動戦士とかやってそうな名前だな。



「何言ってるんだ、安室。未来予知レベルの超直感を持つお前こそ適任だ。なにより動物を見せものにするイベントをモツゴロウが好むと思うか?」


「ああ、そういうことか」



 安室が合点がいったという表情を見せる。

 動物好きでちょっと老け顔のクラスメイト、モツゴロウは≪ビーストマスター≫の異名を持つほど有能だが、こういったイベントをかなり嫌う。

 竜に鞭打つ騎手を間近で見ればブチ切れて殺しかねん。

 さすがにそれは不味い。



「おい! そこの二人、さっさとスタート位置につけ!」



 安室と話し合っていると、背後から怒鳴り声が聞こえて振り返ると、係員らしい男が眉を吊り上げて怒っていた。

 う~む、もう他の竜騎兵たちはスタート地点に立っているな。

 いつもならもう少しファンサービスの時間を取るらしいが、今日の彼らにはそれが出来ない理由がある。

 彼らの竜は強烈な腹痛に悩まされているのだ。

 当然、犯人は俺たちである。



 バッカスの話を聞いて正攻法で勝つのは難しいということは初めから分かっていた。だからこそ遅効性の下剤を他の竜に盛っておいたのだ。

 モツゴロウがめっちゃ嫌がったが、「この作戦がうまくいけばレースの度に竜がケガをすることもなくなる」と言ってどうにか納得してもらった。

 そもそも俺たちはただ勝つだけではダメなのだ。

「妨害アリのレースって駄目じゃね?」と観客に思わせる勝ち方をせねばならない。



 スタート位置につく時に、少し苦し気な竜たちの様子が目に入る。

 竜たちよ、すまないがもう少し我慢してくれ。

 この天才の策がうまくいけばレースの度にケガをするようなことはなくなるはずだ。レースが終わったらモツゴロウキッスをプレゼントするから許してくれ。



『全ての竜がスタート位置につきました。これより今月最後のドラゴンレースを始めます』


『なお、お手元の竜券〈チケット〉はなくさないように気をつけて下さい。竜券が無ければ掛け金を受け取る事が出来ませんのでご注意ください』



 競竜ブラザーズの宣言と共にファンファーレが会場に鳴り響き、高台に上った男が大きな旗を掲げる。

 鳴り終わった後、旗手が振り下ろされたらスタートだ。

 俺は背中に背負った麻布で作った袋をチェックする。

 ここには俺の秘密兵器その2が入っているのだ。

 ブツがあることを確認すると、俺は皮手袋をしっかりとはめて穴がないことを確認する。秘密兵器その2は素手で掴むのは少し抵抗があるからな。



 よし、手袋に問題はない。

 ファンファーレが鳴り終わり、騎手が旗男に注目している内に俺はポケットから秘密兵器その1を取り出す。

 あとはこいつをブチかますだけだ。

 そして旗が振り下ろされる直前、俺は秘密兵器その1を前方へと投げ込んだ。



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