第18話 島津の使者とイバラの受難


※流血描写があります


 ◇ side イバラ



「カズト様、本日はよろしくお願いいたします」


「おう。任せとき!」



 島津国からの使者を迎える来賓室にて、私は表情が崩れるのを堪え、柔らかな笑みを浮かべた。

 よりによってこの男か。

 異世界より召喚した賢者様の中でも、この男は上位に位置するほど危険だと私は考えている。



 日焼けした傷だらけの肌、餓狼のような視線。

 そして幼子のような、無邪気な殺意を宿した狂戦士。

 いつ爆発するか分からない爆弾ほど怖いものはない。

 会談は無事に終わるだろうか……。



「イバラ様、使者がお着きになりました」


「通して頂戴」



 使者が来た事を知り、私は深呼吸をして気持ちを入れ直す。

 大丈夫、元々関係は良好なのだから。

 かなり変わっているけど、戦が関わらなければ話の通じる方だ。

 問題ないはず。



「失礼しもす!」 



 部屋に入ってきたのは4人の男。

 顔見知りの使者であるセゴ殿と……後ろの3人は護衛だろうか。

 足取りから見てかなりの腕前とみた。



「お久しぶりです、セゴ殿」


「おお! イバラ殿。お元気そうで何より。お父上のことは残念であった……」


「戦の習いですから」



 使者が彼で良かった。

 護衛が知らない顔なのは不安だが、彼ならばどうにかしてくれるだろう。

 しかしあの護衛達、人間だというのにすごい筋肉量だ。

 私の視線に気づいたのか、後ろの護衛たちが顔を赤らめる。



「ああ、イバラ殿は彼らとは初対面でしたな。イチロー殿から順番にご挨拶を」



 セゴ殿に促され、護衛の一人が前に出る。

 彼がイチロー殿か。

 2メートル近い巨漢だが、妙に初心な感じがする男だ。

 彼の視線はちらちらと私の胸元に注がれている。

 もうちょっとバレないようにやって欲しいのだが……。

 妙に緊張しているイチロー殿が意を決した様子で口を開く。



「失礼しもす! おいのにゃは……。あ」 



 あっ、噛んだ。

 たぶん『おいの名は……』と言いたかったのだろうが、思いっきり噛んだ。



「おいイチローどん! 正気か!? 」


「こげん大事ん時に噛むて……!?」



 他の護衛がげらげらと笑う。

 もしかして肩の力を抜けるように、わざと噛んでくれたのだろうか?

 そう思っていた私の期待は裏切られた。

 イチロー殿が顔を真っ赤にして、ふるふると震えだしたのだ。



「お、おいは恥ずかしかぁ! 生きておられん!」


「「い、イチローどん!?」」



 突如着物をはだけると、イチロー殿は素早く脇差を抜き、自分の腹を掻っ捌いた。

 え、なにこれ……?

 とにかく治療をしなければ!

 そう思って治療のために人を呼ぼうとした時だった。



「介錯しもす!」



 護衛の一人が腰から刀を抜き打ち、イチロー殿の首を切り飛ばしたのだ。

 滝のように噴き出した鮮血が私の体を赤く染め上げる。

 突然の異常事態にうまく頭が働かない。

 何なの、これは……?



「ふむ、中々のお手前」



 いつの間にか刀を抜いて、私のそばに立っていたカズトが嬉しそうに呟く。

 いや、止めてよ。

 その気になればたぶん止めれたでしょ?



 絶句する私の前で、護衛達は泣きながら切り飛ばしたイチロー殿の首を抱きしめる。



「イチローどん、笑ったこと許せ……!」

「合掌ばい!」



 いや、仲間の首切っといて何やってるの……?

 泣くぐらいならやらなきゃいいでしょうに。



「……どうやらイバラ殿という可愛い女子を見て緊張して噛んだようですね。誤チェストでござるな」


「え、私のせい……?」



 セゴ殿、それって褒めてるの……?

 こんな褒め方嬉しくないのだけど。

 あと誤チェストって何?

 困惑する私の前で、2人目の護衛が前に出て来る。



「ワシの名は広瀬ヒロ!

 イニシャルはHHじゃが、エッチな妄想は控えめじゃ!」



 ……え? これはどう反応すればいいの?



 対応に困る私の前で、笑い声が部屋に響く。



「ヒロどん! 渾身の冗談がド滑りしとるぞ!?」



 腹を抱えて笑う仲間の前で、膝から崩れ落ちたヒロ殿が着物をはだける。

 ちょっと! この流れはさっきと同じでは!?



「おいは恥ずかしか! 生きておられんご!」



 流れるように自分の腹を掻っ捌く比呂殿。

 なんでそんなに躊躇なく自分の腹を捌けるの……?



「ヒロどん!? ……介錯しもす!」 



 白刃が煌めき、鮮血と共に首が落ち、温かい雨が私に降り注ぐ。

 その赤い雨で私の体は真っ赤だ。

 ねぇ、お願い。夢なら覚めて……。



「笑った事許せぇ……!」



 泣き崩れる3人目の護衛。

 笑った事よりも殺したことをまず謝れよ。

 いや、それ以前に仲間を殺すなよ。



「合掌ばい!」



 隣のカズトがそう言って手を合わす。

 そんなもの真似しないでいいから!



「さて、おいの番ですな」



 最後となった護衛が前に出る。

 今度は大丈夫だろうか。

 不安そうな気持を押し隠して、最後の一人となった護衛を見つめる



 私の顔を見た彼は、顔を真っ赤にした。

 私は返り血で真っ赤だけど。

 そして椅子に座った私を見下ろす彼の視線が、私の胸の谷間に注がれる。

 さすがにこんな状況ではその好色な視線も気にならない。

 だって私は血まみれなのだから。

 もう気絶一歩手前なのだ。



 もう一刻も早く会談を終わらせてお風呂に入りたい。

 お願いだからもう何も起きないで。

 そう願う私の前で、彼はそっと口を開いた。



「お、おっぱい! ……あ」


「え?」



 え、なにそれ? 何故におっぱい?

 どういうことなの……?

 呆気にとられる私の前で、最後の護衛が頭を掻きむしりだす。



「アアアァッ!! お、おいはなんて事を!? おいは恥ずかしか! もう生きておられんご!」



 そう叫んで素早く自分の腹を掻っ捌く。

 またなの!?

 でも今度は介錯する人もいないし、治療すれば助かる!

 その時、隣のカズトが動いた。



「介錯しもす!」



 そして残像すら見ない速度で、その護衛の首を切り飛ばした。



「嫌あぁぁっ!!?? 何してるんですかぁ!!」



 使者の護衛殺しちゃったよ!?

 ねぇ、これどうなるの!? 戦争? それだけは許して!!

 恐怖で涙を滲ませた私はセゴ殿を見る。

 するとセゴ殿はそっと両手を合わせた。



「合掌ばい!」



 ねぇ、これ何なの?

 何かの儀式? それとも夢? 夢なら覚めて欲しいのだけど。



「いや~、中々の腕前! 思わず見惚れる介錯でしたぞ」


「いや、おいはまだまだ未熟よ」



 血まみれとなった私の前で、カズトとセゴ殿が仲良さげに話し出す。

 まるで古くからの親友のようだ。

 どういうことなの……?

 なんで仲間を殺されたのに笑っていられるの……?

 やっぱり島津国の人って怖い。

 私は恐怖のあまり意識を手放した。


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