第32話 芸術は爆発だ!
「芸術は爆発ですぞ!!」
ヒカソ太郎は奇声をあげながら凄まじい速度で修正を施していた。
彫刻をナイフで削り、絵を一部塗りつぶしてその上から新たな絵を描き加えていく。その鬼気迫る様は少し不気味で、俺たちが思わず一歩後ずさるほどだ。
これがフランス帰りの実力か!
その手際は実に見事の一言。
ダヴィンチのような絵が、ハリウッド映画に出てきそうなギリシャ彫刻がアニメ調なキャラへとあっという間に生まれ変わっていく。
「これが本場の、フランスで修業した男の実力か……!」
素晴らしい手際に俺は思わず唸ってしまった。
これほどの男がなぜ本場で認められなかったのか、不思議な思いで一杯だ。
しかしこのキャラクター、どっかで見たような……?
「すげえぞ! 深夜にやってたアニメっぽいぜ……!」
「確か『オラァ魔女ドララマジカ』だったか?」
思い出した!!
海外で妙に人気のある作品だったな。
見たことはないが、なんでも落ちこぼれの中年男が追放されて魔法少女になる話だったか? 魔法を一切使わない、残虐ファイトで元仲間を血祭りにあげるヤバいアニメだったはず。
何と野蛮なアニメだろうか。クールな俺たちとは正反対だ。
「おいおい! こっちの彫刻は日曜日の朝にやってるヒーローものじゃないか!」
「あっちのは覆面ライダーだぞ! 俺好きだったんだよなぁ」
そういえばフランスでは日本のアニメが話題になっているとニュースで見たことがあるな。きっと今のフランスではこういう作品が好まれるのだろう。
しかし、凄まじい速度で修正しているがまだまだ時間かかりそうだな。
「みんな、ヒカソの修正はまだ時間かかりそうだからこの美術館で休んでいこう」
「お? じゃあヒカソも芸術みながら飯でも食うべ!」
「いいねぇ」
「お土産に買った酒ビン一本開けようぜ~!」
「おーい! タバコ吸いたい奴は玄関に集まれ~」
俺の言葉を聞いたクラスメイトが思い思いに休息をとっていく。
分かっているとは思うが、飲酒とタバコは二十歳になってからだ。
良い子の皆、天才との約束だぞ?
疲れているせいか妙なことを考えていた俺だが、ガラスが割れたような音で現実に引き戻された。何だ、この音は?
振り返ると荷物を漁っていたクラスメイトが「やっちまったぜ」という顔つきで項垂れていた。
「どうした?」
「いや~、酒ビンが濡れてて滑っちまったんだ。油断しちまったぜ」
クラスメイトはそう言うと割れた酒瓶を持ち上げる。
中身は全てカバンの中に漏れてしまったらしく、濃密な酒の匂いが立ち昇って来ていた。匂いから判断すると、かなり度数の高い酒だな。
「もしや火がつく度数なんじゃないのか?」
「ああ、そうなんだ。秀也、なんか拭くもの持ってないか?」
「ん~、これでいいか?」
さっき壁にかかっていた布を仲間に手渡す。
少しボロいが、なんか絵柄が気に入ったので回収しておいたのだ。
手縫いによってカラフルな模様や絵柄が作られた布切れで、中々悪くない。
なぜこんな布を壁に貼り付けていたのか知らんが、きっと掃除用タオルだろう。
「ん? なんか高そう……てか年代物な感じがするけど使っていいのか?」
「ああ、それは掃除用のタオルさ。ほら、端っこの方がボロいだろ?」
俺は布切れの端を指さす。
全体的に劣化している布は色あせていて、端っこはボロボロになっている。
若干、アンティークっぽい気もするが掃除用タオルで間違いないだろう。
「あ、本当だ。な~んだ掃除用か」
クラスメイトは布を受け取ると、カバンの中の酒をしっかりと拭き取っていく。
手際よく作業を終えたクラスメイトの手には酒をたっぷりと吸った布が一枚残る。
う~ん、一応火がつく度数の酒が染み込んでいるから、ちゃんとした場所に捨てないとマズいよな?
周囲を見渡すと、廊下に大きな花瓶が置かれていた。
あれは作品っぽくないし、きっとゴミ箱だろう。
「あそこがゴミ箱みたいだ」
「じゃあ捨てて来るぜ」
俺の言葉に頷いたクラスメイトは火がつく度数の酒をたっぷり吸った布をゴミ箱に投げ入れる。
ついでに屋台で買った焼き鳥の木串も投げ入れていく。
それを見た俺は、昨日作った爆弾に不良品があったのを思い出す。
ちょっと惜しいけど、いつ爆発するか分からんし捨てとくか。
俺はリュックの小型爆弾から不良品を取り出すと、まとめてゴミ箱にシュートする。ちょっと不安だけど火の気がなければ問題ないだろう。
ふと扉が開く音がして視線を向けると、タバコを吸っていたクラスメイトが戻ってきていた。気のせいかがっかりした表情をしている。
「どうしたんだ? タバコは吸い終わったのか?」
「秀也……」
「聞いてくれよ、秀也! さっき買ったタバコ吸ってたんだけどさ、何か口に合わねーんだよ!」
「苦い薬草みたいな臭いがひでぇんだ……」
「なんと……」
どうやらこの町のタバコは地球産にモノに比べるとレベルが低いらしい。
まぁ科学技術が低い分仕方がないと言えるが。
「さすがの天才もタバコ作りは詳しくないんだ。口に合うタバコを探すしかないな」
俺の言葉に目に見えてがっかりするクラスメイト達。
うーむ。どうにかしてやりたいが今はどうにもならんぞ。
領地に帰ったらシュリに相談してみるか。
港を作って貿易が盛んになればどうにかなるかもしれないしな。
「あっ、そうだ。タバコの始末はしたか?」
「お? 吸い終わったシケモクならちゃんと回収したぜ」
「これな。この辺にゴミ箱ない?」
俺は集めた吸い殻を振るクラスメイトに見えるように、廊下に置かれたゴミ箱を指さす。その辺に捨てるのはマナー違反だからな。まとめてあそこに捨てよう。
「そこにでっかい花瓶あるだろ? そこに捨ててくれ」
「あいよー」
クラスメイトはうっすらと煙を漂わせる吸い殻をゴミ箱に捨てていく。
うむ、これで良し。
なんかちょっと燃える匂いがするけど大丈夫だろう。
俺はゴミ箱に背を向けるとヒカソの修正した作品を見学しに行った。
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