第16話 サメ料理万歳


 しかし、これどうやって食べるんだ……?



 時刻は昼過ぎ。

 サメ狩りが終わった後の海辺で、俺たちはメガロドンもどきの死体を前に途方にくれていた。

 いかに俺が天才でもフカヒレの調理法など知らない。

 カマボコはすりつぶして焼けばいいのか?

 困り果てた俺の前に一人の男が進み出てくる。

 強面でクリクリ坊主の男だ。



「秀也、どうやら俺の出番のようだな!」


「お、お前は……味沢ジャン!」



 味沢ジャン。

 世界的に有名な料理家を父に持つ男で、彼自身も凄腕の料理人だ。

 幼いころから父について回り、世界中を回っていたらしい。

 ある日、彼の父は悟った。

 猛獣のジビエこそ至高だと。

 ちなみにジビエとは狩猟で得た野生の鳥や獣の肉を食べることを意味している。



 味沢の父がなぜそんなことを思ったのか知らないが、彼は彼は息子をつれて密猟の旅に出た。

 銃弾の種類によっては可食部分が大きく損傷してしまったり、内臓が飛び散って味が悪くなってしまったりすることがある。

 そのため、味沢親子は罠と狩猟ナイフだけで猛獣を狩ることにした。

 中々とんでもない親子である。



 ジビエ特有の獣臭は血抜きの技術に大きく左右され、血が残っているほど臭いは強くなるため、早く肉を冷やさないと味が損なわれる。

 そのため仕止めた後も、その場で血抜きや解体といった処理を行い調理を行っていたらしい。



 彼らのハントした獣には絶滅危惧種もいて、世界中からマークされていた。

 ある時、シベリア虎をハントしようとした彼ら親子をロシアの特殊部隊が強襲した。

 幾度も密猟するこの親子に、ロシア政府は本気で頭にきたらしい。

 さすがの味沢親子も銃を持った特殊部隊100名には敵わなかった。



 半分は返り討ちにしたらしいが、命からがら逃げ出すことになる。

 しかし国境付近まで逃げたあたりで、味沢の父親が足を撃たれ、動けなくなり、味沢親子は絶体絶命の危機を迎えた。

 その時に彼らを救ったのが獅子堂学園のスカウトマンだ。

 それが味沢が獅子堂学園に入学した経緯だ。



 そんな訳で腕前は信用できる。

 しかし、いくら味沢でもサメを料理できるのか?

 サメってカマボコやキャビアくらいしか知らんのだが……。



「味沢はサメを料理できるのか?」


「ケケケ! 俺に任せろ! 秀也たちは大きな鍋を用意してくれ!」


「分かった。シュリ、分銅鍋ってある? でっかい鍋だ」


「あ、ありますけど……。えっと本気で食べるんですか?」



 シュリは俺と味沢に不安そうな顔を見せる。

 それを見た味沢は強面の顔をさらに凶悪にさせて、言葉を続けた。



「ケケケ! 料理は奇跡! 世界中国籍、価値観とか関係なく、人を笑顔をにする魔法なのさ! 俺に任せろ!」




 ◇


 シュリに鍋や調理器具を取りに行ってもらっている間、味沢はメガロドンもどきを手早く解体していた。

 まずサメのヒレを切り、体に切れ込みをいれて皮を一気に剥ぐと、頭を落として三枚に下ろす。

 そして内臓を取り除いてしっかりと洗う。

 するとサメの白身と赤身の肉が現れる。

 どこが食えるんだろうか?



 俺の視線に気づいたのか、味沢が口を開いた。



「赤みと白身、どちらも喰えるぞ。特に白身は刺身にすると美味いんだ」


「刺身って大丈夫なのか? あとサメ肉ってアンモニア臭スゴいと聞くが……」


「ああ、時間が経つとマジ臭いけど新鮮なものなら問題ない。食ってみるか?」



 そう説明しながら味沢は白身と赤身を切り分け、白身の部分を小さく切り分けると、俺たちに差し出す。

 まぁ味沢が食えるというからには問題ないのだろう。

 俺たちはそっと刺身に手を伸ばし、口に放り込む。



「……これは旨いな」


「お! うめぇぞ!」

「本当だ!」

「あっさりしてるけど脂のってんなぁ」



 俺たちの口から驚きの声が漏れる。

 本当に旨かったのだ。

 淡いピンクの白身であっさりしているが、臭みもなく、脂も乗ってて見た目からは想像もつかない上品な味にびっくりする。



「さて、赤身は照り焼きと煮つけにするかな。みんな、そこの川から水くんでくれ」


「分かった。ちょっと待っててくれ」



 シュリ達からバカでかい分銅鍋を受け取ると、味沢がそう指示したので、俺たちが水を汲んでくると、味沢は赤身をフライパンにかけているところだった。

 両面を炒めると、懐から特製ソースの入ったビンを取り出し、たっぷりと注ぎ込む。

 料理人の必需品として、最低限の調味料はいつも持ち歩いているらしい。

 そのまま照り焼きをタレが染み込むまでじっくりと煮込む。



 俺たちから鍋を受け取った味沢は、沸騰させた湯にサメ肉を投入すると、醤油と酒をいれていく。

 あの酒はたぶん、鬼族の倉庫からこっそり拝借したやつだな。

 シュリ達もそれに気づいたのか、露骨に嫌そうな顔をしたが味沢は気にしない。

 そして神業としか言えない手際で味沢は料理を完成させた。




「さあ、食ってくれ! サメの煮つけ、照り焼き、刺身だ」



 味沢が用意してくれた料理に俺たちは群がる。

 鬼人族たちも恐る恐る箸を伸ばしているようだ。

 そして――。



「照り焼きうめーぞ!」

「本当だ! 油が乗ってて旨いな!」


「柔らかくて美味しい!?」

「……お酒に合いそうですね。シュリ様、今お酒持ってきますね」



 クラスメイト、鬼人族の両方から称賛の声が漏れる。

 これだけ美味しいのだから当然だろう。

 シュリ達が酒を取ってきたので、皆で飲むことにした。



 おっと、良い子のみんな!

 お酒は二十歳になってからだ。

 天才との約束だぞ?



 ふと、俺はある事に気づいた。

 調理されずに放置されたフカヒレだ。

 あれは料理しないのか? 何か特別な処理でも必要なのだろうか?



「なぁ、味沢。そういえばフカヒレって作れるのか?」



 俺の言葉に味沢は難しそうな顔をする。



「作りたいけどなぁ、アレは3ヶ月天日干ししないとフカヒレは食えんぞ」


「あまり現実的ではないか」



 俺は切り取られたフカヒレを見上げる。

 このデカさのフカヒレを天日干しって難しそうだ。

 労力もかかりそうだし。



「だな。小さく切り取ったのだけを天日干しする。三ヶ月待ってくれ。あと、油であげたサメ軟骨も美味しいぞ? 取り除いた軟骨も肥料になるし余ったら畑に撒こうぜ!」


「そいつは楽しみだ」



 俺は刺身に手を伸ばし、酒の器をゆっくりと傾けた。

 うむ、この刺身はやっぱり酒に合うな。


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