第10話 悪徳領主の息子


 ◇ side マジス・ゲスーイ



 空には雲一つない青空が広がり、気持ちの良い風が肌を撫でる。

 とても気持ちの良い朝と言えるだろう。

 その反面、屋敷の者達はどんよりとした雰囲気を漂わせている。

 内心は喜んでいるかもしれないが。



 そのくらいに父上はやらかし過ぎた。

 蓄えを散財し、民には重税を課し、領地に見目良い女がいたなら強引にモノにする。

 これで嫌われない方がおかしい。



 父上の寝室から年を取った老執事――爺やが出て来た。

 爺やは俺を見つけると、心配そうな表情で駆け寄ってくる。



「爺や、父上の容体はどうだ?」


「それが未だに意識が……」



 俺の言葉に爺やが重苦しい様子で首を横に振る。

 容体は一向に良くなってないのだろう。

 まぁそれも構わない。

 これも天罰というやつだろうな。

 きっと民のため俺に働け、と天が言っているに違いない!



「これ以上先伸ばしにすれば好機を逃す。これからは俺が領主代理として動く」


「この状況を打開する方法でも……?」


「ある!」



 俺は力強く答える。

 散財と戦のボロ負けによって当家の家計は火の車だ。

 しかし、それをどうにかする方法があるのだ!



「若様。その、更なる課税はさすがに……」


「安心しろ。税金じゃない、むしろ税は下げるさ」



 心配そうに口を開く爺や。

 それも当然だろう。

 うちの民はもう限界だ。

 一刻も早く減税せねば生きていけないだろう。



「俺はこの領地を、民を愛している。

 愛する民にこれ以上重税を課すわけにはいかぬ」


「ならどうするのですか?」


「簡単だ。隣国の鬼族から奪えばいいのだ。不死王との争いで連中には戦力がない。奴らは人ではないから、教会の連中もとやかく言わないだろう」


「若様……」



 俺の言葉に爺やが言葉を失う。

 どうしたのだろうか?

 俺は爺やの顔を覗き込むと、爺やが興奮した様子で声を張り上げた。



「素晴らしいお考えです! それならば領民の税金も下げる事が出来て、当家の懐も潤う! 一石二鳥とはまさにこの事でしょう。爺は嬉しいです、こんなにご立派になって……」


「爺や……」



 感激した爺やが涙を流す。

 思えば爺やには苦労ばかり掛けた。

 領民と父上の板挟みになって苦労してきたのを俺は知っている。

 今回の侵略は必ず成功させねばなるまい。

 でなくば我が家は一年持つか怪しいだろう。

 先日の襲撃で、宝物庫の宝石やオリハルコンのナイフが持ち出され、売れる物が少ないのだ。



 まぁ、ろくな戦力もない鬼族には絶対に負けないだろう。

 気をつけるべきは不死王のみ。

 奴だけは別格だ。

 戦っても勝てないのは明白、幸いにも連中は縄張りにさえちょっかいを出さなければ何もしてこない。

 だというのに鬼族の王シュテンは不死王に戦争を吹っかけた。



 鬼の王シュテンは不死王が保護する村に攻撃を仕掛けたのだ。

 これに怒った不死王の軍と真正面からぶつかり、鬼族の戦士は全滅。

 残されたのは非戦闘員の女のみ。

 諜報によると、自分以外が王と言われていることに我慢が出来なかったらしい。

 とんでもないバカだ!



 寛大な不死王は私の予想通り、鬼族の女子供は殺めなかった。

 鬼族の女たちは美しい者ばかりだ。

 奴隷にして売ればかなりの額になるし、功績を上げた騎士にやるのもいいだろう。

 特に鬼の王シュテンの娘であるシュリはかなりの美しさだ。

 彼女だけは売り払わずに俺の妾にしてやってもいいかもしれん。



 あまりに都合がよすぎる未来に、俺は思わず笑ってしまった。

 俺は天に祝福されているのやもしれん。

 鬼族の領地は土地面積こそ少ないが、資源の宝庫だ。

 鬼の王シュテンは領地開発に無頓着だったが、あの領地には海があって鉱脈もある。

 おまけに温泉も湧く良い土地なのだ。



 幸い鬼族に戦う力はもうない。

 今なら容易く土地を奪えるはずだ。

 幸福な未来を予想し、俺の顔が緩んむ。

 その時だった。



「た、大変です! 全ての作物が枯れ、疫病が流行ってます!」


「は?」



 駆けこんできた当家の兵士の報告に俺の口から間の抜けた声が漏れた。



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