二人の医師

青瓢箪

1522年 ドイツ ヴェルト医師

 カーヤは怯えていた。

 愛する母の陣痛の叫び声。

 手伝いに来た近所の女たち。

 呼んできた見知らぬ産婆、その付き添い人。

 母のお腹が大きく、神様が弟か妹を近々自身にもたらしてくれることは承知していたが、こんなに恐ろしく苦痛に満ちた世界だとは思わなかったのだ。

 寝台の上の母は陣痛が来るたびに獣のような声をあげるし、女たちだけがひしめき合う小さなカーヤの家の中はむせかえるようで息苦しい。

 教会で聞く地獄とはこんな所ではないだろうか。

 こんな状態から可愛い赤ちゃんが生まれるだなんてカーヤは想像も出来なかった。


「ほら、誰か手を握ってやりな。あんた、手を貸しておやり」


 母の足下に居た産婆がカーヤの横に居たがっしりとした女に言い放った。


「肉がえぐれるくらい掴まれるかもしれないけどね。我慢しておやり」


 カーヤの隣に立つ女は頷いて、母に近づき手を取った。


「お願い、もういきませてえ!」

「我慢だよ! あんた、まだ穴が小さいんだから」

「いきみたくて仕方がないの!」

「あと二回程陣痛を我慢しな。それで開くよ」


 母が絶望したうめき声をあげ、襲ってきた痛みに耐えようとがっしりした女の手に爪を立てた。


 痛そう。


 カーヤは女の顔を同情して見上げたが、女はまるでそんなことには気がつかないような表情で母の脚の間にある産婆を見守っていた。母のスカートの奥に頭を突っ込んで居た産婆がその中で声を出した。


「破水したよ。そろそろだ。気合を入れな」


 カーヤは女が気になって仕方がなかった。母の爪が食い込み、女の手の甲からは血が滲みでていたからだ。


 痛くないのかしら。


 見つめている出血した女の手がとても大きいことにカーヤは気がついた。


 大きな手。あ。


 カーヤの母が苦痛のあまり、今度は女の腕を掴んだため、リネンの袖がめくれ、女の腕が見えた。


 まあ、熊みたい。なんて毛深い女の人なのかしら。


 カーヤの父もそのような腕をしている。カーヤは女性でそのような腕をしている人を見たことがなかった。思わず、女を再び見上げたが、頭巾と顔の下半分を布で覆い隠している女の目は一心に産婆に注がれていた。

 陣痛が止み、ぐったりと母が脱力して女の腕から手を離した。


「あなた、どうして女の人の服を着ているの?」


 カーヤは女に近づいてその手を取った。

 女はびくりと身体を強張らせて、目を見開きカーヤを見返した。

 カーヤは背伸びして、女の鼻から下を覆っている布をつまんで引き下げた。


「ほら、やっぱり男の人ね」


 現れた髭の生えた顔にカーヤは無邪気に言った。

 カーヤの明かした事実にその場は騒然となった。


「男だ! 男だよ!」

「誰が連れて来たんだい!」

「あんたの助手じゃないの、産婆さん? てっきりそうかと」

「こんなやつ、知らないよ。誰が部屋に入れたんだい!」


 カーヤの母が絶叫した。


「いやああああ!  早く、出て行って! 誰がこの人を連れ出してえ!」


「この恥知らず!」

「捕まえな! 警吏を呼んでくるんだよ!」

「逃すんじゃないよ! 教会に引き渡してやる!」


 部屋の女たちが男の人に一斉に押し寄せた。

 カーヤは自身が引き起こした事態にびっくりして立ち尽くした。

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