第80話家臣3

 我が道場に使っている離れに行くと、腹を空かした狼のような眼をした浪人四人がが、苛立ちを隠しもせずに待っている。

 喰うのも困った浪人達なのだろうが、迷惑千万である。


「六百人斬りの立見先生ですな、一手御指南願いたい」


 一番強いのであろう浪人が、勢い込んで立ち合いを申しこんでくる。

 さて、いきなり立ち合うのも芸がないのだが、下手に門弟に立ち合わせて怪我でもさせられては困る。

 我の門弟は下級藩士が多く、怪我をしても医薬の力を借りれない者が多いのだ。

 

「分かった、用意するからしばらく待たれよ」


「先生、わざわざ先生が相手をされる事ありません。

 私が代わりに立ち合います」


「駄目だ、力太郎。

 お前では相手を殺してしまう」


 本当に困ったものである。

 我の門弟はまだまだ弱い。

 真剣に剣の道を歩んでいる剣客や、腕一本で無頼に生きる浪人の相手は無理だ。

 力太郎は余裕で勝てるのだが、力太郎では手加減ができずに殺してしまう。

 銀次郎と虎次郎は、我に代わって大名屋敷で教えているので、ここにはいない。

 我が立ち合う以外に方法はないのだ。


「ふん、虚仮威しは止めてもらおうか。

 こっちは命懸けで危険な橋を渡って生きた来たのだ。

 少々脅かされたくらいで臆病風に吹かれたりはせん」


 浪人の代表が嘯くが、我もその考えには賛成である。

 舌戦など何の意味もない。

 我は練習用の槍を手にし、道場破りは木刀を手にした。

 互いに道場の中央に進み出て、槍と木刀で対峙するのだが、それなりの使い手だ。

 西ノ丸の角太郎よりは強いが、博徒の用心棒よりは弱い。

 よくこれで道場破りをしようと思ったものだ。


 我は情けをかけることにした。

 無暗に人を殺すわけにはいけない。

 道場破りが動く前に間合いに踏み込み、木刀を叩き落とし喉元に槍を突き付ける。


「まっ、まいった」


 道場破りは蒼白な顔色で、痺れた手を上げて降参した。

 このまま帰してやってもいいのだが、先ほど口にした言葉が気になる。

 命懸けで危険な橋を渡って生きてきたという事は、罪を犯している可能性がある。


「さて、今迄渡って来た危険な橋と言うのを話してもらおうか。

 我の実家が南町奉行所の同心という事くらい知って来たのであろう。

 負けて何の取調べも受けないとでも思ったのか」


 道場破り達は逃げようとしたが、逃がす我ではない。

 普通なら勝手に拷問をする事は許されないが、今回は道場破りに対する報復であって拷問ではない。

 負けた道場破りに、我が流派の奥義を教えてやっているだけだ。

 それが、槍先を突き付けられて身体の皮一枚を少しずつ斬られる事であろうと、それが鍛錬なのだから、文句を言われる筋合いのものではない。

 嫌なら最初から道場破りなどしなければいいのだ。


「先生、また道場破りです」

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