第79話家臣2

 年が代わり、寒さが厳しくなって、我の道場の鍛錬は一段と厳しくなる。

 雨が降らない限り、夜明け前から寒中の遠駆けを行う。

 そのまま動きの悪きなった鮒や鯉を狙い、水中に槍や剣を突く鍛錬をする。

 我ならば、二尺三尺の鯉も殺すことなく獲る事ができるが、弟子達の中には一匹の小魚も突けない者もいる。

 銀次郎兄上や虎太郎、力太郎辺りは魚を獲れるようになっている。


 寒さに震える中での鍛錬ではあるが、帰れば楽しみもある。

 数日前に我らが獲って来た魚を、おいよさん達が料理してくれている。

 もちろん今日獲った魚は、井戸水を張った天水桶に入れて泥を吐かせる。

 最近は、以前なら持ち帰らなかった、体長三寸少しの一年物の鮒も持ち帰る。

 奥州の藩士から教わったという、むくり鮒を作るようになったからだ。

 我は一度食べてから結構好きになったのだ。


 小鮒を捌いて腸をとり血抜きをして、じっくりと乾燥焼きをする。

 そして油で二度揚げし、味醂醤油の甘辛いたれを絡めてまた乾かして仕上げる。

 軽く菓子のような食感で、骨まで美味しく食べられる。

 川魚特有の臭みなど全くなく、酒を飲む家臣や門弟が美味しそうに食べていた。


 おいよさんが泥を吐かせた大物の鮒を三枚に捌き、皮と腹骨を外して身を薄切りにしているから、高松松平家の門弟から教わったてっぱいを作るのだろう。

 てっぱいは酢で〆た薄切りの鮒の身に、水にさらした後でよく水気を取った短冊切りの大根と人参加え、柚子と味醂と白味噌で和えて完成だ。

 普段は川魚の臭味が苦手な門弟も、美味いと食べていた。


 高松松平家の門弟は、他にも鮒豆という料理を教えてくれていた。

 泥を吐かせた鮒の腸を取り出し、素焼きしてから二三日陰干しにする。

 焼き干しした鮒を水につけて戻してから、昆布と醤油と味醂を加えてじっくり煮た大豆の中に入れ、骨まで柔らかくなるまでとろ火でじっくりと煮込むのだ。

 我はこの鮒豆が大好物になったが、子持ちの寒鮒を使うと更に美味いと聞き、今から楽しみで仕方がないのだ。

 

 おはなさんが鮒味噌という保存食を作っている。

 これは泥を吐かせた鮒の腸を取り出してから素焼きにし、大豆をくわえて大量の信州味噌で煮るのだが、甘味を加えたければ味醂を足すのも美味しいそうだ。

 我は嫌いではないのだが、門弟の中には苦手な者もいる。

 まあ、下級藩士の門弟は喜んで食べている。


「先生、大変です先生、道場破りです」


 やれ、やれ、困ったものである。

 以前のように、大名家の道場で出稽古している間は、道場破りなど来なかった。

 だが、我が拝領した屋敷で道場を開くとなったら、名を売りたい剣客が道場破りにやってくるようになったのだ。

 我を斃したからといって、仕官が叶うわけでもないのに、愚かな者達だ。


 

 

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