第46話拐かし7

 我は出稽古以外は長屋を出ない生活を始めた。

 行動を制限されるのがこれほど辛いとは、今迄思わなかった。

 我には城勤めも同心も向かないと、改めて思い知った。

 伊之助も弥吉を見張るために、見張所に居続けていた。

 そんな生活が五日も続くと、伊之助も飽きてきたようだ。


「旦那、藤七郎の旦那。

 もうじっと見張っているだけには飽きちまいましたよ。

 旦那との連絡は他の奴に任せられませんかね。

 浅吉と熊吉を中間や槍持ちにしてもいいんじゃないですか」


 伊之助の話を本気で考えてみる。

 中間や槍持ちにするのは無理かもしれないが、下男に雇う事はできる。

 特に浅吉は、少々身体が弱く、重い物を商う振り売りはできない。

 何時も世話になっている、おいよさんの夫で子沢山だから、手助けできるのならしてやりたいと思っていた。


 熊吉は同じ長屋に住む気の好い男だ。

 毎日天秤棒を担いで野菜を売っている。

 真面目に毎日野菜を売り歩いているから、固定客もついているだろう。

 それを我のために休ませては、固定客を失いかねない。

 そんな熊吉を誘うのは少々気が引ける。


「熊吉は真面目だからこそ、手伝ってもらうわけにはいかん。

 伊之助は完全に見張りを止めたいのだろうが、最初にこの件を言いだしたのは伊之助なのだから、最後まで責任をとれ。

 浅吉と一緒に見張りをしろ」


「分かりました。

 馬鹿な事を言っちまったなぁ」


 そんな悪態をつきながら、伊之助はとてもうれしそうだ。

 我の背中を押せたと思っているのだろう。

 まあ、その通りではある。

 ずっと浅吉を雇うかどうか迷っていたのは確かだ。

 身体があまり強くない浅吉の稼ぎは少なく、おいよさんが我の食事の世話をすることで、子供達を飢えさせないようにしているのだ。


 気儘に暮らせる裏長屋を出ることを迷っていた我だが、おいよさん一家の面倒を見る覚悟をするのなら、田沼家か白河松平家で御長屋を貸してもらえれば助かる。

 ここは次の出稽古の日に真意を話して、御長屋を貸してもらうべきだな。

 その時には浅吉とおいよさんも連れて行って、下男下女として門番に顔を覚えてもらえれば、何かと助かるだろう。


「では、出稽古の日に、浅吉を田沼家と白河松平家に引き合わせる事にする」


「旦那、藤七郎の旦那。

 善は急げと申しますよ。

 こういう事は一日でも早い方がいいですよ。

 浅吉もおいよさんも子供達も、この話を聞いたら喜びます。

 明日にでも田沼様と松平様の所に連れて行ってやりましょうや」


「たわけめ。

 伊之助は一日でも早く見張りから解放されたいだけであろう」


「ばれましたか」


 我はこれでいいと思っていたのだが、浅吉もおいよさんも熊吉も、それぞれ思う事があったのだ。


 

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