第43話拐かし4

「清々しましたね、藤七郎の旦那」


「出羽正屋がどうなろうと気にならんが、伊勢甚屋のおつなさんに新しい縁談が舞い込んだというのはよい事だ」


 読売が、我に対する出羽正屋の態度と、婚礼の席での腰抜け卑怯振りを掻き立てたお陰で、出羽正屋の評判は地に落ちた。

 特に跡継ぎの弥吉は、表にも出れないくらい忌み嫌われてしまったようだ。

 大名や地主に個々の農家までが出羽正屋に米を売らなくなり、今迄出羽正屋から米を買っていた江戸っ子が、可哀想な伊勢甚の方から米を買うようになった。

 出羽正屋が潰れるのも間近であろう。


 一方の伊勢甚屋のおつなさんには、江戸っ子の同情が集まったようだ。

 我がおつなさんの貞操を保証したことで、不利な縁談を強いられる事もなくなったから、読売を書かせたことはよかったのであろう。

 そう思っていたのだが、翌日嫌な噂が耳に入った。


「藤七郎の旦那、そういう話なんです。

 旦那の責任じゃないんですが、何かあって旦那が気に病むといかんと、精一郎の旦那が心配されて、あっしを使いに出されたんでさ」


「そうか、それは助かる。

 精一郎殿には直接御礼に行かせていただくから、そのように伝えてくれ。

 これは少ないが手間賃だ」


「えへへへへ。

 すみませんね、藤七郎の旦那」


 普段から何くれと我の事を気にかけてくれていた、本家の跡継ぎ精一郎殿が、ある噂を聞きつけて、配下の下引きを使いに出してくれた。

 下引きは、町奉行所の同心が小者として使っている目明しの子分だ。

 親分とも呼ばれる目明しは、多い者でも月に一両程度の手当てしかもらえない。

 その一両で子分達まで養わなければいけないのだから、何か頼むたびに心付けを渡してやらなけでば、金に困って悪事を働く。

 だから我も使いの下引き、手間賃として一匁銀を握らせてやる。


「伊之助、手が空いているのなら、中間として付いて来い」


「へい、旦那」


 今回の件は伊之助も無関係ではない。

 何も知らせずに事件が起これば、後で五月蠅く騒いで面倒だから、手が空いているなら最初から手伝わせた方がいい。

 伊之助に手伝わせると少々金が必要になるが、御様御用を拝命し、刀の鑑定書を書くようになって大金が手に入るようになったから、別に痛くもかゆくもない。

 鑑定書一枚で三十両の礼金がもらえるのだから、正直笑いが止まらない。


 伊之助には予備の槍を持たせ、腰に鉄芯入りの木刀を持たせた。

 中間に任せにせずに我も槍を持つのは、一番得意な槍を手に持つ前に敵に襲われる愚を避けるためだ。

 鍵屋の辻の決闘で、桜井半兵衛が冒した愚を繰り返すほど、我は馬鹿ではない。

 我は急いで精一郎殿に会いに行った。

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