第38話仇討ち10
我は正直死を覚悟していた。
今度の相手は渡り中間や町奴ではない。
ちゃんと武芸の鍛錬をした武士である。
武士百人を相手に、三人ではとても勝ち目などはない。
そう思っていたのだが、最近の武士は胆力がなく弱すぎた。
誰もが生き延びる事だけに必死だった。
藩を追放されても、死ぬよりはましだと考えていた。
主命で仕方なく仇討ちの助太刀に参加しているが、主に死を望まれているだけに、命懸けで戦おうとしている者など、唯の一人もいなかった。
日暮源左衛門の実家である小杉家主従も、妻の実家である鷹見主従も、進んで戦おうとはしなかった。
形だけ大声を出しているが、日暮源左衛門のより前に出ようとする者も、我らの後ろに回ろうとする者もいなかった。
誰もが、召し放ちになった後の暮らしを考えているようだった。
日暮源左衛門の実父が生きていれば別だろうが、幕府にも土井家に松平家にも憎まれている、いや、江戸中の人間から軽蔑され憎まれている日暮源左衛門を助けようとする縁者は、誰もいなかった。
それどころか、情けない事だが、彼らは早く日暮源左衛門が討たれる事で、自分達が解放されることを願っているようだった。
我はこんな下劣な敵討ちは早々に終わらせることにした。
日暮源左衛門も剣術指南役を目指すくらいだから、それなりに剣の腕は立つのだろうが、屋外の広い場所で槍使いが相手では勝ち目などない。
それも我が相手なのだから、満にひとつの間違いもない。
我は誰にも助けてもらえず、独り押し出されるように前に出てきた日暮源左衛門に、一番槍をつける。
我が殺してしまってはいけないので、連撃の突きで日暮源左衛門の左右の肩を貫き、刀が持てないようにする。
「今だ、突け」
我の気合を受けて、藤野姉弟が日暮源左衛門に体当たりのように突いて出る。
が、ここで卑怯者が現れた。
我の前に藤野姉弟が出た所を、小杉家主従が斬りかかったのだ。
誠に卑怯としか言いようのないやり方だが、これも兵法と言えば兵法だ。
今ではまずありえない話だが、昔なら、仇討ちを返り討ちするくらいの武芸の士なら、召し抱えてくれる大名や旗本もいた。
今回土井家を追放される原因となった、藤野姉弟に遺恨を抱いていたのだろう。
だが我もそのくらいの事には備えている。
我は元々南町奉行所の同心が実家で、目潰しの作り方も心得ている。
藤野姉弟に襲いかかる小杉家主従に目潰しを投げつけ、裂帛に気合を叩きつけた。
「卑怯者、それでも武士か、恥を知れ恥を」
目潰しを受けて激痛に泣き叫ぶ小杉家主従を次々と突き殺す。
後で藤野姉弟が闇討ちされないように、鷹見主従も皆殺しにする。
あまりの事に動顛する鷹見主従は、ろくに抵抗もできずに死んでいった。
敵のあまりの卑怯さに、胸糞の悪くなる仇討ちであった。
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